桃尻文庫

望まれたお仕置き(姉/弟)

夕刻、私が家に帰ると、神妙な顔をした弟が出迎えてくれた。あえて明るく、ただいま! と言ってみても、返ってくるおかえりの声は弱々しく囁くようで、あからさまと言っていいほどに、わかりやすく落ち込んだ様子が見て取れた。

「なにかあったの? いや、むしろ、なにがあったの?」

靴を脱ぎつつ、ストレートに聞いてみる。全体的に動きがスローになっている様子から見て、緊急性がある事ではないっぽいけれども。しばらく、聞こえないくらい小さな声でゴニョゴニョ言っていた弟は、口では上手く伝えられないと諦めたのか、私の袖を掴んでリビングに引っ張っていった。

「派手にやったね」

率直な感想は、この一言。見ればリビングの真ん中に敷かれたラグに、青い染みがでーっかく広がっていた。その上のテーブルには、描きかけの絵と絵の具セット、それから、見事なまでにブルーに染まった雑巾が一つ。なるほど、こぼしちゃったのね。

「やっちまったな」

HAHAHA! と、豪快に笑い飛ばしてフォローを試みたが、弟は塞ぎ込んだまま、図工の時間に終わらなかったから……とか、拭こうとしたんだけど……とか、なにやら事態の説明を繰り返していた。

「気にすんな、と言っても無理か」

弟は変なところで小心者、もとい生真面目な子なのだ。昔からなにか失敗すると、その度に自分の中で抱えてしまう癖がある。例えば、食器を落として割った時など、こちらはケガをしなかったかの方が心配なのだが、本人の中では、物を壊してしまったという罪悪感の方が大きい。テストの点が悪かった時も、まあそんな日もあるだろうと流す両親に対して、本人はこんなんじゃダメだ、と落ち込む始末。

「うーん、今日も……する?」

私が持ちかけると弟は、こくり、と頷いた。なにも変なことではない、いやちょっとは変なのかな? ともかく、そんな弟の感情を晴らす処方箋、それはお尻ペンペンのお仕置きだった。早い方がいいだろう。私は上着を脱いでカウチに深く座ると、膝を一つポンと打った。

「じゃあ、準備して、お膝においで」

去年のこと。宿題を忘れてしまった弟が、先生からお尻を叩かれたと打ち明けてくれた。今時、体罰だと!? と、一人憤慨しかける私を制し、弟は嫌じゃなかった、不思議なことに、すごく気が楽になったと教えてくれたのだ。なら、今度からうちでもペンペンしようか? からかうつもりで言った私の言葉に、弟が、うん! と頷いてしまってから、この習慣は続いている。

「お仕置き、お願いします」

ズボンとパンツをすっかり脱いで、私の膝の上(正確には太腿だが)に腹ばいになる弟。よく言えました、と、目の前のまだ小さなお尻をパチンと軽く弾いてから、慎重に狙いを定めて手を振り上げる。さすがに人のお尻を叩く経験は無かったから、この辺りは全部ネットで調べたやりとりだ。ちょっと躾とは違うっぽいものも混ざっていたが、まあ、探せば見つかるものである。

「いくよ」

ひと声かけて、お尻がキュッと締まったのを見届けてから、やや強めに手の平を振り下ろす。バチンッ! と痛そうな音がして、一瞬、お尻が跳ね上がる。続いて、二発、三発とお尻に手形を重ねていく。いたっ! と弟の声が漏れるのが聞こえたら、あえて少しだけ間を開ける。

「ちゃんと反省できるように、お尻痛くしようね」
「……はい」

やや遅れて、掠れるような声が返ってきた。厳しいようだけれど、ここでしっかり叩いてあげないと、弟の心がスッキリしないことは経験からわかっていた。お仕置きが中途半端では、痛い思いだけして罪悪感は晴れず、結局、後を引いてしまう。これも弟の抱え込みがちな性格が影響しているのかも知れないが、ともかく、自然に涙の滲むのがお仕置きの目安だった。

バチンッ! これまでよりも強めに打つ。スナップを利かせて払うような平手打ちから、ベッタリと押し付けるような重い叩き方に切り替えた。下手に加減して長引かせるより、さっさと終わらせた方がダメージは少ないだろうと考えたのだ。五発、十発。しかし、今日に限って、弟は拳をぎゅっと握ったまま、なかなか音を上げなかった。いつもなら、ごめんなさい、もうしません! と、叫んで終わりにする頃合いになっても、悲鳴を飲み込むように、カウチの座面に額を擦り付けながら痛みに耐えるのだった。

「ねえ、そろそろ、反省できたんじゃない……?」

二十発を超えた辺りで、ついに私の方から聞いてしまった。もう弟の小さなお尻はまんべんなく真っ赤になっていたし、私の手の平もジンジンと痺れるくらいだったからだ。これ以上は痣になってしまうかもしれないし。

「でも……」

必死で泣くのをこらえながら、弟が消え入るような声で言う。

「あのラグ、お姉ちゃんのお気に入りだったから」

なんだよう。いいんだよ、そんなもん。もともと床に敷く物なんだから、汚れなんて当たり前だもん。私は思わず弟を膝から起こして抱きしめていた。よーしよしよし、と、某動物が好き過ぎるお爺さんのように、弟の後頭部を撫で回す。しかし――

「でも……」

――これでは、どうしても納得できないのが弟なのだった。もういいよと言っても、まったく浮かない表情の弟を見て、私もやっと覚悟を決めた。わかった、こっちも今日は頑張るよ。

「そうだね、じゃあ、仕上げにお道具使おうか」
「お道具……?」

なぜかお尻叩きの道具には、お、を付けるしきたりがあるのを、ネットで情報収取に励んだ私は心得ていた。そして、万が一にも平手打ちで反省できなくなった時のために、密かに使えそうなものも見つけておいたのだ。

「今持ってくるから、そこにお馬さんして待ってなさい」

私が見つけたお道具は、卓球のラケットだ。と言ってもスポーツ用の本格的な物ではなく、ペラペラのプラスチックでできた玩具。家のテーブルに吸盤で設置するネット付きで、昔、父に買ってもらって、たまに遊んだ記憶があった。

「これで五回ペンペンしたら、今日はもう終わりにしよう?」

弟にラケットを見せると不安そうな顔のまま、しかし、こくりと確かに頷いた。それを確認して、お馬さんの姿勢でピンと張った真っ赤なお尻に、プラスチックのラケットをペチペチと当てる。痛そうだなぁと思いつつも、私はふぅと一つ深呼吸し、腹を括ってラケットを振り上げた。

「ひっ!」

バシッ! 鼓膜に刺さる激しい音と、お尻の弾力にぶつかる手応え。同時に弟も体を大きく跳ね上げて、咳のようなごく短い悲鳴を漏らす。しかし、ここで怯んじゃだめだ。私は右、左、と交互にラケット打ちを続けていく。二発目にはお尻が横に逃げてしまい、三発目からは腰に手を添えながら打った。そして、四発目ではついに耐えきれず弟はしゃくりあげはじめ、五発目の最後の一打をきっかけに、思いっきり泣き声を上げた。

「ごめんなさいぃぃ! もうしません!」

いつもの言葉を聞いて、私はラケットを放り出し、泣きじゃくる弟を抱き寄せた。痛かったね、辛かったね。いつも以上に真っ赤なお尻には触らないように気をつけながら、弟が身を預けて思い切り泣けるように導く。よーしよしよし、良い子だ良い子だ。そのまましばらく、弟の背中を擦るだけの時間を過ごして……。

「ほい、そっちもって」
「ん!」

二人でテーブルを運び、下のラグを引き剥がす。かなり大胆に染まっているが、まあ、水彩なら落ちるだろう。風呂場のシャワーで適当にすすいだ後、浴槽に少量の漂白剤で浸け置きすることにした。しばらく洗ってなかったから、ちょうどいいかもしれない。

「お仕置きならぬ浸け置き……」
「!!」

私が思いつきを呟くと、弟がぴくりと震えた。

「もう叩かないよ!」

じゃれるように髪をぐしゃぐしゃ撫でてやると、弟は涙の跡の残った頬を緩ませて笑った。



※お久しぶりな小説での更新です。結局、おねショタに戻りますよね、的な。