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桃尻文庫

~スパンキングやお仕置きに関する創作ブログ~

テーブルの思い出

我が家の居間には、一枚板のローテーブルがあった。天板のフチの部分は切り出したままのゴツゴツした姿で、腹ばいになると下っ腹や腿に食い込んで辛かったのを覚えている。なんで、テーブルの上に伏せる必要があったかって?

それはもちろん、お尻を叩かれるためだ。

その日も私と弟は、二人してテーブルに腹ばいになっていた。母に下着まで全部取られた姿で、膝小僧に畳の跡をつけながら、じっとお尻ペンペンの執行を待っていた。時計の秒針と、二人の身じろぎに合わせてテーブルの足の軋む音だけが聞こえる静けさ。少しだけ怖くて。でも、本音を言えば退屈だと思っていた時間。

その時のお仕置きの理由はなんだったろうか。こうして、お尻を叩かれる機会は数え切れないほどあったので、一つ一つのディテールなんてとっくに忘れてしまったけれど、まあ、おそらくは喧嘩だろう。構って欲しいさかりの弟と、一人の時間が欲しかった頃の私は、しょっちゅう小突きあいをしていたのだ。

しばらくお尻を空気にさらし、下半身の心許なさにも慣れはじめた頃。背後で襖の開く音がして、得物を手に持った母が怖い顔を作って入ってくるのだ。背中越しに振り返って見ると、その時の母はスリッパを持っていたっけ。怖がるフリをしてごめんなさいと言いながら、ああ、今日はそんなに痛くなさそうだな、なんて見積もっていたりしたのは、今だから言えることだ。

一方、まだ小さかった弟は本当に怖かったらしく、それを見るなりわんわん泣き始めるのが、毎度のお決まりだった。徐々に大人に近づきはじめていた私にとっては、お尻ペンペンなんてそんなに痛い罰ではなかったけれど、ランドセルさえ持て余すような小柄な弟には、相当、厳しい罰に感じられていたらしい。芝居がかったお小言の後、パンパンと軽く叩かれただけで、弟は火の付いたように泣きわめいていたっけ。

そんな様子をどこか覚めた気分で観察しつつ、私はといえば、さも効いています、という演技をするのに腐心していた。もし、お説教もお尻ペンペンも効果が薄いとバレてしまったら、小遣い抜きや遊びに行くのを禁じられるという、より面倒臭い罰になってしまうかもしれなかったからだ。

何か言われるたびに、神妙な態度でごめんなさいと呟いてみたり、お尻を叩かれるたびに声を上げ、大げさにお尻を振って足をジタバタさせてみたり。実際に全く痛くないわけではないし、後で見たら赤くなっていたくらいには叩かれたけれど、さすがにもう、それで涙が溢れるようなことはなかったのだ。

お仕置きの理由によって加減は違ったが、大体、それぞれ三十発前後だったと思う。途中でお説教を交えながら五分か十分程度。二人のお尻を交互に打って、全体が赤くなってきたらおしまい、という感じ。

こうしたお尻叩きの後は、少しの間そのまま伏せていなければならない、反省の時間もあった。これも、ほんの十分か二十分足らずの間。やはり弟は、お説教の名残りと後を引くお尻の痛みに、いつまでもグズグズと鼻を鳴らしていたが、私はと言えば、ヒリつくお尻に不快感を感じながらも、初めと同様に、面倒臭いなぁ、とか思って過ごしていた。

その後、二人して改めて反省の旨を母に告げ、ようやく下着を返してもらえた時は、やっと終わった……という、一仕事終えたような独特の疲労感があったのを覚えている。ひょっとしたらそれが、効果があった、ということなのかもしれない。ともかく、私は実家のテーブルを見るたびに、今でもその時のことを思い出してしまうのだった。



※…お久しぶりです。あんまり更新しないのもなんなので、軽めのものを一つ…ヽ(´エ`)ノ

お仕置きのある世界02 鞭の訪問販売(母/娘)

※特に厳しい描写はないですが、理不尽な理由ですので閲覧注意です。


この世界には、お仕置きがある。

ある時をさかいに迷い込んでしまったこの異世界では、広く体罰が受け入れられ、元いた世界では考えられない商売がいくつも成り立っていた。

それまで体罰は避けるべきものとして、むしろ、忌避されていたと言ってもいいくらいの環境で育った私は、最初のうちは、その狂気染みた空気にあてられ落ち込んでいた。

しかし、それでは生きていけないし、不服従の罰として科せられる余計なお仕置きから、自分の体や心を守るためにも、私は徐々に新たな世界のルールを学び、適応していったのである。

今日は、そうして新しい価値観に大分慣れてきた頃に起きた出来事を、一つ話してみようと思う。


お仕置きのある世界01 お仕置き訓練 (学校、多数、羞恥 )

この世界にはお仕置きがある。

昔ながらの厳しい躾がまだ残っているとか、あるいは地域柄校則が厳しいほうだとか、そういった次元のことではない。もっと根本的な所で、もっと異様な状態で、世間にお仕置きが組み込まれ発達し、広く受け入れられてしまった世界に、ある時、私は迷い込んでしまったのだ。

まあ、どうやってそんな事になったのか、どうやってそんな世界に適応したのか、そんな話は追々していくとして。まず今日は、そんな異常な世界で体験した、ある学校行事の話をしようと思う。

そう、あれは私がこの世界に迷い込んで、まだ数ヶ月しか経っていなかったころ。その時の私は、まだランドセルを背負って学校に通うような年齢だった。

変化 F/m

久しぶりに帰省した。テナントががらりと入れ替わり、以外なほどに変化した駅前の様子。それに対して、時が止まっているかのように変化のない住宅地。いつの間にか営業をやめたらしい近所の店、そのシャッターのサビ具合だけが、自分の記憶と今日の現実の隔たりを感じさせた。

思えば最後に帰った時から随分と経ってしまっていた。とくに家族仲が悪いわけではなかったが、働きに出るようになると生活も色々と変化する。自分の生活圏の付き合いが増え、その煩雑さにかまけて実家を案ずる時間も減っていたし、新幹線を必要とする微妙な距離感がなおさら足を遠のかせた。

そうやって先延ばしにしていたからか、段々と帰りづらくなって、実はこうやって家の前まで辿り着いた今でさえ、車庫前の折りたたみの門を潜るのに気恥ずかしいほどだった。

しかし、今日は理由があるのだ。僕はインターホンを押して鍵を開けてもらい、歳なりに皺の増えた母と、少しは優しく笑えるようになったらしい姉に出迎えられ、慣れ親しんだ玄関をあがった。

お仕置きのある家「従弟」(おねショタ)

夕暮れ時の自室、従弟から渡されたプリント類をチェックする。学校行事に関するいくつかの栞の他に、今日は返却されたテストもあった。忙しい彼の母親に代わって目を通すのは、いつしか私の役目となっている。歳は一回りも離れていないから、ほとんど弟の面倒を見るような感じなのだけど。

懐かしい内容の書かれた答案に目を通しつつ、全教科の点数をざっと見ていく。この家の教育方針で目標は80点と決められているから、どれだけ足りないか調べる必要があるのだ。国語は71点で-9、算数が82点でクリア、理科と家庭科も大丈夫。それでいて社会は-21、これはちょっとひどいかも……。

「今日はぴったり30回だね」

足りない点数分の回数を従弟に告げる。なんの回数かと言えば、これから行うお仕置きの、お尻叩きの回数なのだ。まあ、すでに自分で見てわかっているのだろうけれど、あらためて従弟に回数を告げると、露骨に嫌な顔をした。そりゃそうだ。
 
「嫌なら、叔母さんにやってもらおっか?」

渋る従弟にそう言うと、彼はあきらめてベルトを解きズボンに手をかけた。そうそう、それでいい。こんなこと、さっさとすませてしまうに限るのだから。

……

私がこの家に来たのは去年のこと。進学に伴い実家を離れ……とはいえ、一人暮らしをするほどの余裕もないので、交通の便が良く、空き部屋もあった叔母の家に厄介になることになったのだ。

そこで、条件てわけでもないけどね、と前置きされつつ、叔母からお願いされたのは従弟の面倒を見ることだった。これまでも一人で留守番させていたわけだし、あくまでも勉強の合間、あたしが夜帰るまでで構わないから、と。

私としても、そんな状況で頼られるのは嫌じゃないから、むしろ進んで協力することにした。そしたら、家族に馴染むに連れてカバーする範囲がドンドン増えていき、最近はお仕置きまで任されるようになってしまった、というわけである。

もちろん、最初のお仕置きの時は面食らった。従弟が夜の七時半過ぎに帰ってきたのを、叔母に報告した時のことだ。

「すぐに叱ってあげなきゃダメよ、癖になっちゃうから」

そう言うと叔母は、従弟を私の前にズリズリと引っ張ってきて、その場でいきなりお仕置きの手ほどきが始まったのだ。いや、さすがによその子のお尻を叩くのは……と、戸惑ったのを見透かされたのか、叔母は嫌がる従弟のパンツをずり下ろしながらこう言った。

「面倒を見るってのは、間違った方向に進まないように叱る事も含めるの!」

なぜか私のほうが悪いように一喝され、強制参加のお仕置き講座が始まったのである。一頻りお手本を見せられ、弱い、もっと強く、そんなんじゃお仕置きにならないわよ、なんてダメ出しをされながら、おっかなびっくり従弟のお尻を叩く私。

なんとか合格をもらった頃には、従弟のお尻は叔母と私の手形で真っ赤になっていた。

「今度から悪いことしたら、お姉ちゃんに叩いてもらうからね!」

涙でぐじょぐじょになった従弟に言い含め、初めてのお仕置き講座は終わった。その時、初めて人のお尻を叩いてどっと疲れた私は、でもまあ、これだけやれば当分はお仕置きする機会なんて来ないだろうと思っていた。

だけど、子供ってのはままならない……。

「ダメよ。そういう時は、一昨日みたいにちゃんとお尻叩いてあげなくちゃ!」

わずか二日後にはこんな風に言われ、またまたその場で補講を受けさせられることになってしまった。今度はパンツをずり下ろすところから、暴れた時の押さえ方まで、懇切丁寧に。例によって全部終わる頃には、私も従弟も半ば放心状態となっていた。

後になって段々と見えてきたのだが、この家はなにかやらかすと必ずお仕置きがついてくるという、今時、少しハードな教育方針だったのだ。

……

「はい、そこに手ついて」

というわけで、今日も従弟のお仕置きをするわけである。どうせ今逃げ延びても、あとで叔母さんに叩かれてしまうのだし。

彼女の平手打ちは私の何倍も強力で、そんなお尻叩きの後にすぐさまお仕置きの補講まで始まるのは確実だから、お互いにとんでもなく負担が増す。だから、いつしか私も従弟も諦めて、お仕置きは淡々と済ませるようになっていた。

さすがに恥ずかしいから最初に嫌がる素振りはするけども、まあ、半分はお芝居みたいなものである。私としても、自分から素直にお尻を出されて向けられても、それはそれで罪悪感がチクリと疼くので、そのくらいがお互いに丁度よいのだ。

「30だよ。赤くないとダメだから、しっかり痛くするからね」

言うと、立膝でテーブルに上半身を預けた従弟のお尻に、キュッと力が入るのがわかった。お尻のほっぺたにえくぼができていて、こんな時だが少し面白い。子供とはいえ白昼堂々、男の子のお尻をこんなにまじまじと見ることになるとはなあ。軽くため息を吐いて、私は腕を振りかぶった。

「ひとつ!……ふたつ!!」

可哀想だけど、まだ小さいそれにしっかりと狙いを定め、固くした手の平を振り下ろす。バチーンッ!バチーンッ!と小気味よい音が部屋中に響いて、おまんじゅうみたいに白くて滑らかだったそれに、折り重なるように椛が浮いていく。

痛みから逃れようと左右に振られるお尻の軌道を修正するように、少しずつ叩く位置を変えていく。使うのは右手だけだが、左に逃げたら気持ち左側を、下がってきたら腿の付け根のあたりをすくい上げるように一発。もうしわけないけれど、お尻が満遍なく真っ赤になるように、そこそこ強めに叩いていく。

「お尻逃げちゃダメ!変なとこ当たって、かえって痛いよ!?」

バチーンッ!バチーンッ!と、平手打ちの音が鳴りやむ頃には、従弟のお尻も私の手の平も、しっかりと赤く染まってビリビリしていた。まあ、これなら大丈夫だろう。

……

『テスト返却日につき、不足した点数分のお尻叩きを致しました。お納めください』
『Re:お疲れさまー!!その調子でビシバシやっちゃっていいからね!今日はちょっと遅くなるけど、帰りになにか――(以下省略)』

「よし。これで問題ない」

ギャンギャン泣く従弟をよそに、証拠のお尻画像を添付したメールを叔母に送ると、すぐに絵文字だらけの返信がきた。なにげに最先端のテクノロジーを結集した文明の利器も、まさかこんな使われ方をするとは思わなかったろう。

お仕置き食らった恥ずかしいお尻を1300万画素の高画質で記録され、リアルタイムで遠隔チェックされてしまう従弟の世代に少しだけ同情しつつ、私は膝小僧で丸まった彼のパンツをほぐし、なるべくそっと上げてやるのであった。

彼がこの時のお尻画像をネタに、昔はこんなに可愛かったのにねえ、などとからかわれる事になるのは、まだまだずーっと先のことであり、さらにそれすら懐かしい思い出の一つに変わるのは、はるか未来のことであったという。



※おねショタ回帰してみました。

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