読み切り小説 - 桃尻文庫

お百度参り

「お百度参りに行かせるぞ!」

 換気のために窓を開けて夜風を入れていると、今日も隣の家から子供を叱る声が聞こえてきた。お百度参りに行かせるぞ。これは、この地方でよく使われる脅し文句で、引っ越してきたばかりの頃は、なんじゃそりゃと思ったものだった。

 お百度参り。文字通り百回お参りを繰り返す行為が、なんで叱る言葉になるんだろう。夜にやると怖いからだろうか、それとも、百回もお参りするのが面倒くさいからだろうか。この疑問は、住み始めてからしばらく経ったある日、町外れの神社で氷解した。

バチッ! バチッ! バチッ!

(なんの音だ?)

 特にあてもない散歩道、好奇心に任せて路地を曲がった先にあったのは、家々に挟まれた小さな神社。そのざっと見渡せる程度の広さの境内で、小学生くらいの子供がお尻を叩かれていたのだ。腰の高さほどの石造りの台に手をつき、下着はしっかり膝まで下ろされ、お尻は桃色に染まっていた。

「おはようさんです」
「あ、おはようございます」

 褪せた鳥居の下で呆気にとられている自分に気づき、子供のお尻を叩いていた男性が手を止めて声をかけてきた。

「ああ、この辺の人じゃないんですね。これは、ここいらの願掛けでね」

 びっくりなさったでしょう。でも、決して憎くて叩いているわけじゃないんですよ。そう言って壮年の男性は、このご時世の釈明半分なのか、この神社に伝わる独特のお参りの作法を教えてくれた。

「ほら、この白木の板に、こうして墨で願い事を書いてねぇ。孫は今度、習い事の発表会だから」

 これできっちり百回お尻を叩いて、こうして奉納するんですよ。そう言って男性が指さした先には、まるで絵馬のように、願い事が書かれた白木の板がぶら下げられていた。形は羽子板そっくりで、柄の部分に空いた穴から紐が通してある。

「最近のは、こんなふうに薄っぺらいけれど、私らの頃は途中で割れると縁起が悪いってんで、もっともっと分厚くってねぇ。それが痛くて痛くて……」

 丁度、このくらいだったかなぁ。そう言いながら、無数にぶら下げられた板の中から、特に大きくて分厚い板を指し示す。表面の字は風雨にさらされて滲んでしまっているが、見るからにずっしりと重そうだった。

「これを、うちらは昔からお百度参りって呼んでいたもんだから……」

 若い頃に働きに出た先で知らずに言って、周りにぽかんとされてしまったとか、テレビの時代劇で、町娘が何度もお参りを繰り返す一般的なお百度参りを見て、不思議に思ったとか。

「健康祈願だ、学業成就だって、それこそ七五三でも節句でも、とにかく子供の頃は事あるごとに連れてこられましてね。なんなら、言うこと聞かないとお百度に行かせるぞ、なんて親父にも脅かされて」

 それもご利益があるのは子供のうちだけだっていうんで、バチ当たりっかもしれないですが、変わった神さんだなぁと土地の我々も思ってるんですよ。そう言いながら、男性はカラカラと笑って汗を拭った。

「じゃあ、そろそろ続きをしてしまおうか。昼飯までに帰らんと、今度はお母ちゃんに、お仕置きでお百度行かせるぞって言われてしまうからなぁ」

 背筋の丸まっていた孫のお尻をピシャリと平手で一つ打って、しっかりお尻を突き出すように促す男性。神様の前だから、ちゃんとするんだよ。そう言って振り上げた薄い板には子供の字で、合格しますように、と力強く書かれていた。

二つのパドル

十歳の誕生日、私はお祝いの席でお母様からプレゼントをいただいた。一抱えはある大きな箱に入っていたのは、大きさの違う二つの羽子板だった。

一つは卓球のラケットくらいの小振りな、それでも幾分か見た目よりはずっしりとした硬い木材でできていて、その表面は滑らかに磨かれて朱に塗られていた。そしてもう一つは、それより二回り大きい長さ五〇センチメートルほどのもので、同じように鮮やかな朱色に濡れたような艶を湛えていた。

私はその美しさに目を奪われ、早く使ってみたくてたまらなくなった。手に取って照明の光にかざしてみると、朱の表面はキラキラと輝いて、いっそう鮮やかに映えた。

「それはね、羽子板ではないのよ」

羽はないのですか?なぜ板の大きさが違うのですか?そう無邪気に問う私を制しながら、対面の席のお母様はこう仰った。

「それはね、パドルというの。悪い子のお尻をしっかりと痛くして、良い子に育てるためのお仕置き道具なのよ」

私は、悪い子でしたでしょうか?綺麗なオモチャを与えられたつもりだったのに、まさかお仕置きのための道具だったなんて。楽しい気分が一変して、私は悲しいような裏切られたような気持ちさえ持ってしまった。

「あなたは良い子よ。それでも、ほんのたまに魔がさしてしまう事もあるでしょう。そういう時のための、お守りのようなものだと思えばいいわ。いつまでも手の平では、お尻が慣れてしまいますからね」

たしかに、今までにもお母様に躾けていただいた事は数知れない。口の利き方から日常の所作、ちょっとした不作法。日々、私が粗相をするたびに、お母様の手をわずらわせているのは紛れも無い事実だった。だが、それでもその時の私は、よほどのショックだったのか、つい拗ねたような態度を取ってしまっていた。

「私には、ほかに欲しいものがありました……」

せっかくのお祝いの日に手にするのが、自分のお尻を痛めるための道具。箱を開けた時に目に入った、燦めくような色合い。羽子板かなにかだと思って手に取った時のしっとりとした手触り。それらに心をときめかせた分だけ、その実際の用途との落差に、まだ小さかった私はすっかり打ちのめされてしまったのだ。

「まあ、それは残念だったわね」

しかし、お母様はこういう時の不平こそお許しにはならなかった。好意でいただいたものを、気に食わないからといって無下にする態度。理由はどうあれ、それはわがままな姿で、見過ごしてはならない不作法だったのである。

「さっそく、出番があったわね。その小さい方を持って、母様のお膝に上がりなさい」

ハッとしながらも、私は震える声で“はい”と答え、ひと抱えある箱から小振りの方のパドルを手に取って、お母様の膝に向かった。これからお尻を躾けられるのに使われると思うと、手の中のパドルがずっしりと重みを増したような気がした。

「お尻の色が、このパドルと同じようになるまで叩いてあげれば、しっかりと反省できるんですって」

お母様は膝の上で露わになった私のお尻と、手元のパドルの表面に交互に指を這わせ、お仕置きの時だけに特有の脅かすような諭すような、優しくも厳しくもある声音で仰った。

「これからはこうして躾けてあげますから、今日はよく味わっておきなさい」

ぴたぴたとお尻に軽くあてがわれたパドルの感触は、お母様の手の平とはずいぶん違って冷たく硬いものだった。すっとパドルが離れていっても、その違和感は残り続け、私はその心細さから早々に身を縮めてしまっていた。今までのお仕置きとは、本当に違うのだ。

「いきますよ」

お母様の静かな宣告とともに、最初の一打が放たれた。バチンと湿ったような音がして、私のお尻はすぐさま火がついたように熱くなった。二打、三打、ゆっくりと間を開けながら、お尻の左右を交互に打たれる。私は思わず声を漏らしそうになったが、すんでのところで悲鳴を飲み込むことができた。

「三つや四つじゃ、だめね」

お尻を打つ手をお止めになって、色味の違いを比べるように、またお尻の表面に指を這わせるお母様。叩かれて敏感になった私のお尻は、本来こそばゆい程度の力加減にも身を震わすような刺激を感じとった。ビリビリと痺れるお尻に、私は思わず、うっ、と声にならない呻きを漏らしてしまった。後悔した時にはすでに遅い。

「あらあら、大げさな子だこと。でも、ちょうどいいわね、もう一つの方も試してみましょう」

私はお母様の言葉に心臓を揺さぶられながらも、膝から降りて自分の席にパドルを取りに戻った。たった今、鮮烈な痛みをお尻に与えた小さい方のパドルを戻し、さらに大きく重いパドルを手に取った。

「どうしたの、早く持っていらっしゃい」

印象というのは簡単に変わるもので、箱を開けて一目見てあれほどわくわくした朱色の鮮やかさも、今では手から伝わってくるずっしりとした感触とともに、まるで禍々しい色味に見えていた。

「これを使う時はお膝の上じゃなくて、こうなさい」

お母様に手を導かれ、テーブルの縁を掴まされる。そのまま腰をぐっと引かれ、私は俯いてお尻を突き出す姿勢になった。今までにしたことがない格好だから恥ずかしくはあったけれど、それ以上にこの時は、大きなパドルへの恐怖が勝っていた。

「良い子ね。両方のお尻をいっぺんに打てるから、あと五つで許してあげます」

わかりましたとなんとか答え、テーブルの縁を握る指に力を込める。きっと、とても痛いに違いないから、私はテーブルクロスに皺がよるほど強く掴んで、さらに息を止めて最初の一打に備えた。

「ちゃんと我慢なさいね」

念を押すお母様の言葉に、目を瞑って答える。それからほんの数秒の間をおいて、お尻に走ったのは信じ難い痛みだった。なんとか声は抑えられたものの、膝がガクガクして崩れ落ちそうになり、テーブルにしがみつくような格好になってしまった。

「あら、そんなに効いたかしら。初めてだから、今のは大目に見てあげましょう」

しっかりとお尻を向けなおしなさいというお母様の言葉に、掠れるような声ではいと返事をする。とっくに涙は溢れていて、大きなパドルの圧力には息が詰まりそうだった。おそらくすでに真っ赤に腫れているであろうお尻を、なんとか上げてお母様に差し出すと、これからここを打ちますよとばかりに、硬いパドルの表面が、またお尻をぴたぴたと撫でていった。

「さあ、続きをしますよ」

二打、三打、四打、重ねるごとにお尻の痛みは増していき、叩かれたという感触が、突き出されたお尻を通して背骨の方まで伝わってくるような錯覚を覚えた。その時、私は声を出すまいと片手をテーブルの縁から離して、必死で袖を噛んで堪えていた。これもまた、はしたなく声を上げるのと変わらない不作法さかもしれなかったが、そう考えるような余裕はどこにも無かったのである。ふうふうと肩で息をしながら、ついに五打目を乗り切ってから、ようやく私は自分の醜態に気づいたのだった。

「次からは、それもお仕置きにしますよ」

お母様に念を押され、私は改めて自分の間違いをお詫びして、躾けてくださったお礼を言った。これでやっと、やっと終わった。一気に肩の力が抜ける。

「それは、これを箱に戻してからになさい」

お仕置きが終わり胸に飛びつこうとした私を制し、お母様は仰った。言われるがままにパドルを受け取った私は、じりじりと疼くお尻の違和感を味わいながら席に戻り、今の自分のお尻と同じ色をしているであろう朱色を、そっと箱に納めた。

「さあ、いらっしゃい」

あらためて、広げられた腕の中へ飛び込むまでの数歩。これからは、お仕置きの後に真っ先に味わうのが母の胸の温もりではなく、このパドルの硬い手触りになってしまったのだという現実に、私の目からはもう一度、熱い涙があふれたのだった。






というわけで、おそらく今年最後の更新は、ちょっと厳し目な母子モノでした。2018年もありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。それではみなさま、よいお年を!

隠す、ということ(母/娘)

まずったなぁ……。寝起きざまの布団の違和感に、わずかに残っていた眠気も一瞬で吹っ飛んだ。恐る恐る掛布団を捲ってみると案の定、想像通りに立派な染みが広がっていた。ドライヤーで誤魔化すとか、そんな事ができる感じではない。

時計を見ると朝の六時、まだアラームが鳴る前だった。部屋の対面のベッドでは、まだ弟がぐーすかぴーとよく寝ている。親たちが起き出してくるまでに、あと二〇分はあるだろうか。

(もしかして、いけるかな?)

つまり、このおねしょは、まだ誰にも見られていないのだ。

(さてどうしよう)

このまま隠し通そうか、それとも素直に白状しようか。こんな時に物語の世界だったら、良い子の私と悪い子の私が、天使と悪魔の姿で攻防を繰り広げるのだろうけど。残念ながら現実の私の発想はもっとショボく、隠したのがバレた場合と素直に話した場合のお仕置きの差を、ちまちま想像するくらいである。

(この歳だからなぁ……)

最後におねしょをしたのは二年くらい前だが、当然、その時よりは重い罰になるだろう。最近受けているお仕置きの具合から想像するに、裸のお尻をものさしで三〇くらいは打たれるかもしれない。それも弟が学校に通うようになって忙しい昨今。朝のお母さんはきっと気が立っていて、力加減も強めになってしまうだろう。

(素直に謝ったらお許しとか……)

いやいや、久しぶりだからとか、正直に謝ればとかで許されるものじゃない。なぜなら、うちのモットーは信賞必罰。程度の差こそあれ、どんなことでも悪さには必ずお仕置きがついてまわるのだから。

「よし、隠そう!」

布団から這い出て呟きつつ、一人でこっそり気合を入れた。二パターンの量刑を比べるつもりが、最初のお尻の痛みを想像した段階で、あっさり方針が決まってしまった。だって、自分が悪いからしょうがないよねとか言って、素直に飲めるレベルの痛みじゃないもん、ものさしのペンペンなんて。

(まずはキッチンからビニール袋を持ってこよう)

プランはこうだ。まず、濡れたシーツと衣類を密閉して机の裏に隠す。今朝のところはこっそり新しいシーツを敷き、パジャマを着て、全力で何事もなかったように振る舞うのだ。そして今日か明日の午後、お母さんが買い物にでも出たすきを見て、すかさずお風呂場で洗濯し、ドライヤーで乾かしてしまう。もしも、お母さんが洗い上がりの洗濯物を補充しに来る前にタンスに戻せれば、おねしょの事実は消えることになる。

「いけるいける!」

自分を鼓舞する。こんな計画、いろいろ無茶だと思うかもしれないが、それは冷静なときに考えているからだ。もし、目先にお母さんのお尻叩きを突き付けられていれば、無茶だから普通のお仕置きで手を打っておけ、なんていう合理的な判断なんてできるわけがないのである。

(そっと……な)

手を限りなくゆっくりと動かして、音を立てないようにドアを開ける。子供部屋から出て、すり足でキッチンまで向かう数メートルの道程は、さながらスパイか忍者の修行のようだった。

(よーしよし)

キッチンに侵入、ゴミ袋が保管されている棚へ向かう。途中で一度、ギリィ……と、床が鳴ってしまい心臓が爆発しそうになったが、なんとかブツの入手に成功し、同じように息を潜めて子供部屋まで戻った。

「あー……きっつ」

後ろ手にドアを閉め、思わずため息をつく。だが、緊張の甲斐あってちゃんとビニール袋は手に入れた。これに入れてしまえば、乾かなくなる代わりにニオイでバレる危険もなくなるのだ。

「さっさと入れちゃおう……」

四五リットルのゴミ袋にシーツを丸めて放り込み、同じようにパジャマのズボンと下着を脱いで入れた時だった。不意に、背後からガチャリと音がした。

「朝からなにをガサゴソやってるのよ?」
「……!!?!?」

しまった、と思ったところでもう遅い。なにか言い訳をしようにも、振り向いた先のお母さんの顔は一瞬で事態を察したらしく、厳しいお仕置きの前にする特有の、鬼のような形相になっていた。

「な・る・ほ・ど・ね」

部屋を見回しながら、タメを作った静かな言いかたで今後の展開を示唆するお母さん。シーツを剥いだベッドの前、下半身裸で恥ずかしいモノ入りのビニール袋を抱えた私は、その時点でもう、俯いて薄っすら涙をにじませるしかなかった。

「いつもなんて教えてるか、まさか覚えてないわけがないわよね?」

失敗したとき、嘘を吐いたり隠すのは絶対にダメ。なぜなら、それで本当に必要な対策が取れなくなるから。今まで何度も聞いてきたお母さんの言葉である。そして、この言葉を言われたときは、決まって心の底から後悔するほど、きついお仕置きが後に控えていたのだった。

「ちょうどパンツ脱いでるし、準備は万端みたいね」
「はい……」

腕組みしたお母さんに睨まれながらこう言われると、もう受け入れる他ない。まだ、朝の六時一〇分。残念ながら、たっぷりとお仕置きをするだけの時間は残っていた。

「ごめんね、ちょっと早いけど。お姉ちゃんをお仕置きしないとだから、起きててくれる?」

部屋のすみで正座しつつ、弟が起き出していくのを見る。最初は眠そうに愚図っていた弟だが、お母さんの口から”お仕置き”という言葉が聞こえると、パッと飛び起きて洗面台に向かっていった。たとえ自分がされるわけじゃなくても、単語だけで効果は抜群なようである。

お母さんはタンスから弟の着替えを取り出しつつ、そんなゴミ袋の中に隠しても、ここを見れば数が減ってるからバレるのに、と呆れていた。そういえば、弟の着替えを取り出すときにもタンスを開けるんだった。

「ギリギリで遅れると困るから、先にあんたも一緒にご飯食べちゃって」

昨夜の残りのご飯と味噌汁、鳥とシメジの炒めものの小鉢が、半分ラップを被ったまま並べられる。美味しくなくはないはずなのだが、後にお仕置きが控えていると思うと、今朝は箸がちっとも進まなかった。

「ほら、さっさと食べちゃって」

急かされつつ、ノルマである一膳分だけかっこむ。下半身裸のまま食卓に座らせれていることや、その椅子が硬くて冷たいせいもあるだろうけど、私はご飯を食べながらなんとも居た堪れない気分になった。

「ごちそうさま……」
「はいお粗末様。それじゃお仕置きすませちゃうから、ソファの前でお馬さんになんなさい」

食後のお茶を飲む暇もなく、私はリビングのソファの前に四つん這いになった。一応カーペットの上だけど、エアコンの効きが甘くってしゃがみ込むとひんやり寒い。

「まったく、あれだけ嘘はダメだって、小さい頃から何度も教えてきたのに」

お小言もそこそこに、お母さんはローボードの横に立て掛けていたプラスチックのものさしを手に取って、力加減を確かめるように自分の手の平にぴしゃりぴしゃりと打ち付けながら言った。

「時間を掛けて懲らしめてあげる暇はないから、とりあえず今日一日、学校でも反省できるようにしておいてあげます」
「はい、お願いします……」

お仕置きのお願いをする。もちろんこんなことは言いたくはないけど、なんというか、冗談ではすまないお仕置きの時は、自然とこう言う決まりになっていたのだ。

「じゃ、いくわよ。途中でお尻を逃したり、手で庇ったりしないこと!」
「はいっ」

お尻を突き上げる体勢のまま、両手をぎゅっと握って痛みに備える。直後、背後からビュッと音が聞こえて、仰け反って飛び跳ねそうになる一発がやってきた。

バチーンッ!! バチンッ!! ビチィ!!

「……ッ!!」

ぎゃあとか痛いようとか言いそうなものだけど、歯を食いしばったままヒッと息を漏らすのがやっと。時間が無いからか、それとも痛みを増すためか、二発三発と間を開けずにどんどん物差しが飛んできた。

バチィ!! バチンッ!! バチンッ!!

「んぁぁっ……ごめんなさいぃ!!」

しかし、踏ん張るのもすぐに限界が来て、私はお仕置きが始まってからのほんの数秒で、涙をあふれさせ、思い切り仰け反ってごめんなさいを叫んでいた。だが、それでもお尻叩きは全く止まないどころか、ペースダウンすらしなかった。横方向に上・中・下、上・中・下と規則正しく叩かれ、お尻がビリビリ痺れて猛烈に熱い。

バシッ!! バチッ!! ビチィ!!

……

「さ、仕上げに入るよ。膝を上げて、目一杯お尻をお母さんの方に向けなさい」

三〇回ほどお尻全体を焙るような激しい連打の後は、お仕置きの仕上げだった。ピタピタと掬い上げるように腿を叩かれて、さらに叩きやすいポーズを取るように促される。それまでは膝をついたままの四つん這いだったのが、つま先立ちになるくらい足をピンと張ることを求められ、ただでさえ引っ込めたいズクズクと疼くお尻を、これでもかと突き上げなければならないのだ。

「いつぅ……」

ポーズの息苦しさは元より、存分に叩かれて腫れあがったお尻を張ると、想像以上に痛みがある。

「三ついくわよ、しっかり声を出すこと」
「はぃぃぃっ!!」

わずか一分ちょっとほどで、涙も鼻水も全部あふれさせられた状態のヤケクソのお返事だ。そこにお母さんの渾身の(といっても、ほんとのほんとに全力ではないんだろうけど)縦一文字のお尻叩きが炸裂するのである。

バチィッ!!

右側のお尻に今までとは一味違う激痛が走る。

「ありがとうございます!!」

うちのお仕置きの仕上げは、こんな風に大きな声でお礼を言うことになっていた。ちゃんとお尻叩きを自分のためだと受け入れて、反省を態度で示すためだとか、実はお母さんがまだ、お婆ちゃんからお仕置きをされていた頃からのルールだったとか、そんなことを聞かされたのはずいぶん後になってからである。ともかく――

バチィッ!!

今度は左側、思わず膝をついて倒れ込みそうになるが、そんなことになれば数が増えかねない。私はすんでのところで手足を突っ張って、お尻が下がってしまうのをギリギリで食い止めた。

「ありっ……ありがとうございますぅ!」

バチィッ!!

「あぐぅ……つぅ……」

だが、今度はお尻を上げることに精一杯で声がうまく出せない。一発目と同じ部分に強打を受けた右のお尻は、まるで裂けてしまったのではないかと思うほど疼いていた。

「お返事は? もう一つ必要?」
「おしおきぃ、ありがどうございまじたぁぁぁ……」

左のお尻を突かれて促され、なんとか最後のお礼を叫ぶことができた私は、そのまま床に突っ伏して大声で泣きわめいた。痛いのと怖いのと辛いのと、それでもやっぱりごめんなさいという気持ちが自然と声になってあふれたのだ。

「まったくもう。しばらく、これで冷やしときなさい」

濡れタオルがお尻に乗せられたが、それで気持ちいいとか痛みが紛れるとか、そんなことは考えられもしなかった。ともかくこういう時は、悪さをして隠すというのは、こんなにいけないことなんだなと、後で反省する材料が提供されて終わりなのである。

「っぅぅ……」

登校中、歩き歩き声が漏れてしまう。あれから一〇分近く泣き続けた後、ようやく起き上がる気になった私は、慌てて支度をして家を出た。パンツを履く時に薄々勘づいてはいたけど、身動ぎどころか歩くだけでもお尻が痛んで涙が滲みそうになる。

「どしたの?」
「……んにゃなんでもない、平気!」

袖でガシガシと目元をこすり、心配げに顔を覗き込んでくる友達に思いっきり笑顔を作る。さっきの涙の跡はばっちり残っているだろうし、本当は全部気づかれているのかもしれないけど。ともかく、これで椅子に座ったらどうなるんだろう、今日は本当に一日掛けて反省させられそうだ。そんなことを思いながら、私は学校へ向かったのだった。


……


電子書籍のおねしょのお話のもう一つのパターン……を書こうとしたら、元とは少し雰囲気が変わってしまった感じです。実は今『お仕置きのしおり』という、厳しい折檻から安全なお仕置きへの変化を促す、甘めの架空の配布物を作って遊んでおりまして、その反動で厳しいのを書きたくなったのかも?

二組の廊下

教室を出ると、お馴染みの光景があった。隣のクラスの壁際に赤く染まったお尻が三つ。全員、下着は足首まで下げられていて、両手は膝できっちり揃えられている。二組の名物、お尻ペンペンのお仕置きだ。そういえば、授業の間にパチンパチンと音が聞こえていたっけ。

二組はちょうど手洗い場の前だから、休み時間は他のクラスの生徒たちも集まってごった返す。そんな中で男も女も関係なくこの反省のポーズを取らされるのは、さぞかし恥ずかしいことだろう。

「今までの先生の中で、断トツ厳しいよ」

前に二組にいる幼馴染から聞いた話では、鉄は熱いうちに打てという方針なんだそうだ。宿題や係の仕事をサボっても、喧嘩や忘れ物をしても、とにかくお尻ペンペンで泣かされる。進級するほど取り返しがつかなくなるからと、特に授業態度にはうるさいらしい。

「ま、上手くやるしかないよねぇ」

そう言って苦笑いしていた幼馴染も今月に入って、すでに何度かお尻を晒す羽目になっていた。まあ、同情しつつも余所者の私たちからすれば、目を逸らしてトイレを使うほかないのだが……。

それから少し前になるけど、こうしてお尻を出して並んでいる子たちを見て――

「カンチョー!」

――なんて、例のおふざけをやらかした子もいた。

たしか四組の子だったと思う。案の定というか、そりゃそうだろうというか、その場で二組の先生からビシバシとお尻を叩かれ、同じように横に並ぶ結果になっていた。ほんとに突っ込んだわけじゃないとか、あわてて言い訳をしていたけど、態度自体が問題なのだから通るわけもない。

「お尻出しなさい!」

先生の一喝が廊下に響いたあの日。初めて生でお尻ペンペンを見て、私を含めて水場を利用していた子たちが、ほぼ全員固まってしまったのを覚えている。なんせ背の高い先生が、手形が残るくらい振りかぶって叩き始めたのだから。粗相した子がワンワン泣いても弱めることなく、きっちり十発叩かれたお尻は風呂上がりみたいに真っ赤になっていた。

「しばらくここで反省していなさい」

そう言って同じように立たせる先生。涙を拭いつつ膝に手をついた子に、返事をしなさいとさらに追い打ち。不意の十一発目にしゃくりあげながらハイ!と叫んだあの子の、鼻水を垂らした顔が強く印象に残っている。

「きみ、水がもったいないよ」

その時、突然のお仕置きに唖然として水を出しっぱなしにしていた私も注意され、同じようにかん高くハイ!と叫んで、あわてて蛇口を閉めたっけ。まだちょっと、手に泡が残ってたのにね。

診断メーカーお題 彼の「ごめん」は軽すぎる



彼の「ごめん」は軽すぎる。
はにかみながらそう言う度に、俺は何でも許してきた。
仕方ない、悪気があったわけじゃないんだからって。
でも、今日の失敗はまずかった。

玄関を飛び出した彼の前を、ワゴン車が通り過ぎていった。
ぶつかる寸前、仰け反るように後ろに倒れ込んでギリギリセーフ。
いつも気をつけろって言ってるのに。
血の気の失せた俺に、彼は振り返っていつもの「ごめん」。
ダメだ、今のはダメなんだ。

思わず彼を抱きしめて、そのまま力任せに尻を叩く。
手の平がジンジンと疼きだす頃、いつもの「ごめん」は「ごめんなさい」に変わった。
痛かったね、でも。
もう会えないかもしれないと思った。


改行を除いて280字。軽めのお題でお茶を濁す試み。