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鳥たちのさえずりに、心地よく眠りから覚める。残念ながら片桐家では、そんな優雅な風景は見られなかった。まだ朝の六時半、気温の上がりきらない清々しい青空に響き渡るのは、びっちんばっちん、激しいお尻叩きの音と、ぎゃーぎゃーわんわん、泣いている子供たちの声なのであった。

いかにも子供部屋らしいカラフルなラグの上、兄と妹は二人並んで四つん這い。寝起きの顔を洗う暇も与えられず、文字通り叩き起こされている。傍らで母親が振り上げているのは、古めかしい布団叩き。もちろん、それなりに力加減はしているのだが、節くれだった籐の鋭さは、さっそく幼いお尻たちにミミズ腫れをいくつか描いていた。

オネショだろうか。いや、どうやら違う。太腿まで引き下げられた二人の下着は乾いているし、布団だって湿っていない。じゃあ、なにゆえに、朝からこんな事態になったのか。当然ながら、それには相応しい理由があるのである。

……

それは昨夜のことだった。

「おやすみー」
「おやすみなさい」

家族揃ってご飯を食べて、お風呂に入って歯磨きもして、兄と妹は子供部屋へと戻っていった。もう夜の十時半。あとは寝るだけ、ベッドにダイブ……するはずだった。

「ねむれん」
「わたしもだ」

今日に限って、兄と妹は目が冴えていた。その日、たまたま夕飯前にウトウトとリビングのソファで船を漕ぎ、さらにさきほどテレビの番組で、それはそれは怖い話を見たからなのである。

「すごかったなぁ」

幽霊の姿を思い出し、兄は言う。

「おう、あれはよくできていた」

それに応じて、妹は番組の出来に感心した様子で頷いた。

大人からすればなんてことはない、ありふれた怪談や不思議な体験をまとめたショートストーリー集。しかし、短編ドラマ仕立てで雰囲気たっぷりのその番組は、まだまだ経験値の少ない子供たちには、ずいぶんと新鮮かつ刺激的だったらしい。

「だめだ、ねむれん」
「うむ、これがねてなどいられるか」

あるいは、怖がって眠れないというのであれば、むしろ、まだ良かったのかもしれない。少なくとも、朝まで大人しく布団に包まっていたはずだから。しかし、性質の悪い事に、こやつらは好奇心や冒険心を擽られ、興奮して眠れなくなっていたのである。

「探検だ!」
「この目で見ねば!」

二段ベッドの上と下。兄と妹は親たちに聞こえぬように声を潜め、しかし、しっかりと意思を確かめあったのだった。

「ならば、もう少し、奴らの寝静まるのを待って……」
「道具の調達は、わたしにまかせるがよい」

タオルケットを跳ね除けた兄が下段のベッドを覗き込むと、無駄に座禅を組んでいた妹は、眼鏡のツルを指でくいと持ち上げてみせた。普段、ケンカばかりしている二人も、こういう時だけは気があうのだ。

……

深夜の三時三十三分に鳥居を潜ると異世界に行ける。なにがどういう仕組みかは知らないが、少なくとも、さっきのテレビはそう言っていた。

「さすがに暗いなぁ」
「まあ、夜中であるからなぁ」

玄関に常備してあったLEDの懐中電灯と、小遣いで買ったデジタルな腕時計が、深夜の道をゆく彼らの装備であった。住宅街を離れ、疎らになった街灯の隙間を今時の青白い光が照らす。

「意外と出られるもんだなぁ」

兄がトイレにいくふりをして水を流し、妹がその音に紛れて靴と電灯を拾う。そんな高度な連携プレイ。後は自室の窓から出てしまえば、家から抜け出すのは造作も無いことだった。

「そらぁ、彼らも夜は寝るであろうさ」

大人は疲れているからな、と、妹はサンダルをサリサリとアスファルトに擦り付けながら、兄の横を歩いていた。

深夜二時半。子供の足で二駅ほど離れた神社に向かうには、ちょうどよい頃合いだった。

……

ざああ。暗い夜空に解け消えた、木の葉を揺らす風の音。懐中電灯のしょぼい灯りで描き出される土の地面や、年季の入った石畳。それら普段とは違った景色が、二人には特別で新鮮だった。

あるいは、いけないことをしているという事実が、より気分を盛り上げたのかもしれない。

「着いたなぁ」
「意外と掛かったなぁ」

だから、臆することなく最後まで来てしまった。朱色の鳥居を前にして、二人は手の甲で額の汗を拭い、改めて時間を確認した。あと五分、ギリギリセーフ。自転車なら大した距離ではないのだが、歩いてみると結構あったのである。

「よし、もうすぐだ」
「おう」

腕の時計を確認しつつ、繋いだ手の平はお互いに汗ばんでいた。歩き疲れたせいもある。しかし、冒険心はあるとは言っても、やっぱり、なんだかんだ言って少しは怖いのだろう。

「いまだ!!」
「うおお!!」

三時三十三分。タイミングを見計らい、二人はダダダッ!と駆け出した。

『誰だっ!!』

そして、社務所に詰めていた宮司さんに御用となった。

……

『申し訳ございません、すみません、ごめんなさい、ご迷惑おかけ致しました』

こんな言葉が何百回聞こえたことやら。連絡を受けてタクシーで迎えに来た両親は、平身低頭、改めてお詫びに来る旨を伝え、二人を引き取り家に帰った。

『なんでこんなことしたの!!』

まずはそう怒鳴られて、成り行き、ビンタの二つ三つも貰うかと思いきや、神社でも帰りのタクシーの中でも、両親は静かなものだった。

『はぁ……』

人前だからか、深夜だからか、あるいはその両方か。ともかく、疲れきった深い溜め息が何度も吐かれ、両親の表情はすっかり寝不足といった塩梅の、少なくとも、いつも子供たちに見せているそれとは程遠くなっていた。

「今日は寝ろ、明日も仕事だ」
「いいからもう寝なさい……」

帰って早々、ぐったりとした様子の両親に追い立てられて、二人は自室に押し込まれた。怒られなかったぜ、ラッキー! なんて一瞬考えたのは確かだが、しかし、次の言葉が二人に現実を突きつけた。

「朝一でお仕置きするから、覚悟しときなさい」

特別に厳しくするからね、という抑揚を殺したセリフとともに閉められるドアを見て、今更ながらに二人は震え上がったのであった。そう、この家では、悪いことには必ず罰がついてくる。内容はもちろん、お尻ペンペンのお仕置きだ。

……

そして、朝、布団叩きが弧を描き、また一つ、ばちんと景気の良い音がした。

「も、おしりむりぃぃぃ…!」
「だめ、ちゃんとお尻上げなさい」

痛みに耐えかねへたり込んだ妹に、母親は容赦なくお仕置きの続行と、姿勢を崩した分の追加罰を告げる。ばち、ばち、ばちん!と小刻みに連続で打ち鳴らされて、妹の真っ赤なお尻が激しく踊る。

「昨夜、どれだけの事をしでかしたのか……しっかりとお尻で反省しなさい」

小さな手首を捻り上げられ、また元のように四つん這いの姿勢を取らされる。兄は腫れ上がった妹のお尻を横目に恐々としつつも、自分はああはなるまいと、挫けかけていた体に再び力を込めて、次の一発に備えたのだった。


おしまい。


※とある方に描いて頂いたイラストに強い刺激を受け、勝手ながら書かせて頂きましたヽ(*´エ`*)ノ
二人の性格は作ってしまいましたが、元キャラがいましたらごめんなさい。
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