隠す、ということ(母/娘) - 桃尻文庫

隠す、ということ(母/娘)

まずったなぁ……。寝起きざまの布団の違和感に、わずかに残っていた眠気も一瞬で吹っ飛んだ。恐る恐る掛布団を捲ってみると案の定、想像通りに立派な染みが広がっていた。ドライヤーで誤魔化すとか、そんな事ができる感じではない。

時計を見ると朝の六時、まだアラームが鳴る前だった。部屋の対面のベッドでは、まだ弟がぐーすかぴーとよく寝ている。親たちが起き出してくるまでに、あと二〇分はあるだろうか。

(もしかして、いけるかな?)

つまり、このおねしょは、まだ誰にも見られていないのだ。

(さてどうしよう)

このまま隠し通そうか、それとも素直に白状しようか。こんな時に物語の世界だったら、良い子の私と悪い子の私が、天使と悪魔の姿で攻防を繰り広げるのだろうけど。残念ながら現実の私の発想はもっとショボく、隠したのがバレた場合と素直に話した場合のお仕置きの差を、ちまちま想像するくらいである。

(この歳だからなぁ……)

最後におねしょをしたのは二年くらい前だが、当然、その時よりは重い罰になるだろう。最近受けているお仕置きの具合から想像するに、裸のお尻をものさしで三〇くらいは打たれるかもしれない。それも弟が学校に通うようになって忙しい昨今。朝のお母さんはきっと気が立っていて、力加減も強めになってしまうだろう。

(素直に謝ったらお許しとか……)

いやいや、久しぶりだからとか、正直に謝ればとかで許されるものじゃない。なぜなら、うちのモットーは信賞必罰。程度の差こそあれ、どんなことでも悪さには必ずお仕置きがついてまわるのだから。

「よし、隠そう!」

布団から這い出て呟きつつ、一人でこっそり気合を入れた。二パターンの量刑を比べるつもりが、最初のお尻の痛みを想像した段階で、あっさり方針が決まってしまった。だって、自分が悪いからしょうがないよねとか言って、素直に飲めるレベルの痛みじゃないもん、ものさしのペンペンなんて。

(まずはキッチンからビニール袋を持ってこよう)

プランはこうだ。まず、濡れたシーツと衣類を密閉して机の裏に隠す。今朝のところはこっそり新しいシーツを敷き、パジャマを着て、全力で何事もなかったように振る舞うのだ。そして今日か明日の午後、お母さんが買い物にでも出たすきを見て、すかさずお風呂場で洗濯し、ドライヤーで乾かしてしまう。もしも、お母さんが洗い上がりの洗濯物を補充しに来る前にタンスに戻せれば、おねしょの事実は消えることになる。

「いけるいける!」

自分を鼓舞する。こんな計画、いろいろ無茶だと思うかもしれないが、それは冷静なときに考えているからだ。もし、目先にお母さんのお尻叩きを突き付けられていれば、無茶だから普通のお仕置きで手を打っておけ、なんていう合理的な判断なんてできるわけがないのである。

(そっと……な)

手を限りなくゆっくりと動かして、音を立てないようにドアを開ける。子供部屋から出て、すり足でキッチンまで向かう数メートルの道程は、さながらスパイか忍者の修行のようだった。

(よーしよし)

キッチンに侵入、ゴミ袋が保管されている棚へ向かう。途中で一度、ギリィ……と、床が鳴ってしまい心臓が爆発しそうになったが、なんとかブツの入手に成功し、同じように息を潜めて子供部屋まで戻った。

「あー……きっつ」

後ろ手にドアを閉め、思わずため息をつく。だが、緊張の甲斐あってちゃんとビニール袋は手に入れた。これに入れてしまえば、乾かなくなる代わりにニオイでバレる危険もなくなるのだ。

「さっさと入れちゃおう……」

四五リットルのゴミ袋にシーツを丸めて放り込み、同じようにパジャマのズボンと下着を脱いで入れた時だった。不意に、背後からガチャリと音がした。

「朝からなにをガサゴソやってるのよ?」
「……!!?!?」

しまった、と思ったところでもう遅い。なにか言い訳をしようにも、振り向いた先のお母さんの顔は一瞬で事態を察したらしく、厳しいお仕置きの前にする特有の、鬼のような形相になっていた。

「な・る・ほ・ど・ね」

部屋を見回しながら、タメを作った静かな言いかたで今後の展開を示唆するお母さん。シーツを剥いだベッドの前、下半身裸で恥ずかしいモノ入りのビニール袋を抱えた私は、その時点でもう、俯いて薄っすら涙をにじませるしかなかった。

「いつもなんて教えてるか、まさか覚えてないわけがないわよね?」

失敗したとき、嘘を吐いたり隠すのは絶対にダメ。なぜなら、それで本当に必要な対策が取れなくなるから。今まで何度も聞いてきたお母さんの言葉である。そして、この言葉を言われたときは、決まって心の底から後悔するほど、きついお仕置きが後に控えていたのだった。

「ちょうどパンツ脱いでるし、準備は万端みたいね」
「はい……」

腕組みしたお母さんに睨まれながらこう言われると、もう受け入れる他ない。まだ、朝の六時一〇分。残念ながら、たっぷりとお仕置きをするだけの時間は残っていた。

「ごめんね、ちょっと早いけど。お姉ちゃんをお仕置きしないとだから、起きててくれる?」

部屋のすみで正座しつつ、弟が起き出していくのを見る。最初は眠そうに愚図っていた弟だが、お母さんの口から”お仕置き”という言葉が聞こえると、パッと飛び起きて洗面台に向かっていった。たとえ自分がされるわけじゃなくても、単語だけで効果は抜群なようである。

お母さんはタンスから弟の着替えを取り出しつつ、そんなゴミ袋の中に隠しても、ここを見れば数が減ってるからバレるのに、と呆れていた。そういえば、弟の着替えを取り出すときにもタンスを開けるんだった。

「ギリギリで遅れると困るから、先にあんたも一緒にご飯食べちゃって」

昨夜の残りのご飯と味噌汁、鳥とシメジの炒めものの小鉢が、半分ラップを被ったまま並べられる。美味しくなくはないはずなのだが、後にお仕置きが控えていると思うと、今朝は箸がちっとも進まなかった。

「ほら、さっさと食べちゃって」

急かされつつ、ノルマである一膳分だけかっこむ。下半身裸のまま食卓に座らせれていることや、その椅子が硬くて冷たいせいもあるだろうけど、私はご飯を食べながらなんとも居た堪れない気分になった。

「ごちそうさま……」
「はいお粗末様。それじゃお仕置きすませちゃうから、ソファの前でお馬さんになんなさい」

食後のお茶を飲む暇もなく、私はリビングのソファの前に四つん這いになった。一応カーペットの上だけど、エアコンの効きが甘くってしゃがみ込むとひんやり寒い。

「まったく、あれだけ嘘はダメだって、小さい頃から何度も教えてきたのに」

お小言もそこそこに、お母さんはローボードの横に立て掛けていたプラスチックのものさしを手に取って、力加減を確かめるように自分の手の平にぴしゃりぴしゃりと打ち付けながら言った。

「時間を掛けて懲らしめてあげる暇はないから、とりあえず今日一日、学校でも反省できるようにしておいてあげます」
「はい、お願いします……」

お仕置きのお願いをする。もちろんこんなことは言いたくはないけど、なんというか、冗談ではすまないお仕置きの時は、自然とこう言う決まりになっていたのだ。

「じゃ、いくわよ。途中でお尻を逃したり、手で庇ったりしないこと!」
「はいっ」

お尻を突き上げる体勢のまま、両手をぎゅっと握って痛みに備える。直後、背後からビュッと音が聞こえて、仰け反って飛び跳ねそうになる一発がやってきた。

バチーンッ!! バチンッ!! ビチィ!!

「……ッ!!」

ぎゃあとか痛いようとか言いそうなものだけど、歯を食いしばったままヒッと息を漏らすのがやっと。時間が無いからか、それとも痛みを増すためか、二発三発と間を開けずにどんどん物差しが飛んできた。

バチィ!! バチンッ!! バチンッ!!

「んぁぁっ……ごめんなさいぃ!!」

しかし、踏ん張るのもすぐに限界が来て、私はお仕置きが始まってからのほんの数秒で、涙をあふれさせ、思い切り仰け反ってごめんなさいを叫んでいた。だが、それでもお尻叩きは全く止まないどころか、ペースダウンすらしなかった。横方向に上・中・下、上・中・下と規則正しく叩かれ、お尻がビリビリ痺れて猛烈に熱い。

バシッ!! バチッ!! ビチィ!!

……

「さ、仕上げに入るよ。膝を上げて、目一杯お尻をお母さんの方に向けなさい」

三〇回ほどお尻全体を焙るような激しい連打の後は、お仕置きの仕上げだった。ピタピタと掬い上げるように腿を叩かれて、さらに叩きやすいポーズを取るように促される。それまでは膝をついたままの四つん這いだったのが、つま先立ちになるくらい足をピンと張ることを求められ、ただでさえ引っ込めたいズクズクと疼くお尻を、これでもかと突き上げなければならないのだ。

「いつぅ……」

ポーズの息苦しさは元より、存分に叩かれて腫れあがったお尻を張ると、想像以上に痛みがある。

「三ついくわよ、しっかり声を出すこと」
「はぃぃぃっ!!」

わずか一分ちょっとほどで、涙も鼻水も全部あふれさせられた状態のヤケクソのお返事だ。そこにお母さんの渾身の(といっても、ほんとのほんとに全力ではないんだろうけど)縦一文字のお尻叩きが炸裂するのである。

バチィッ!!

右側のお尻に今までとは一味違う激痛が走る。

「ありがとうございます!!」

うちのお仕置きの仕上げは、こんな風に大きな声でお礼を言うことになっていた。ちゃんとお尻叩きを自分のためだと受け入れて、反省を態度で示すためだとか、実はお母さんがまだ、お婆ちゃんからお仕置きをされていた頃からのルールだったとか、そんなことを聞かされたのはずいぶん後になってからである。ともかく――

バチィッ!!

今度は左側、思わず膝をついて倒れ込みそうになるが、そんなことになれば数が増えかねない。私はすんでのところで手足を突っ張って、お尻が下がってしまうのをギリギリで食い止めた。

「ありっ……ありがとうございますぅ!」

バチィッ!!

「あぐぅ……つぅ……」

だが、今度はお尻を上げることに精一杯で声がうまく出せない。一発目と同じ部分に強打を受けた右のお尻は、まるで裂けてしまったのではないかと思うほど疼いていた。

「お返事は? もう一つ必要?」
「おしおきぃ、ありがどうございまじたぁぁぁ……」

左のお尻を突かれて促され、なんとか最後のお礼を叫ぶことができた私は、そのまま床に突っ伏して大声で泣きわめいた。痛いのと怖いのと辛いのと、それでもやっぱりごめんなさいという気持ちが自然と声になってあふれたのだ。

「まったくもう。しばらく、これで冷やしときなさい」

濡れタオルがお尻に乗せられたが、それで気持ちいいとか痛みが紛れるとか、そんなことは考えられもしなかった。ともかくこういう時は、悪さをして隠すというのは、こんなにいけないことなんだなと、後で反省する材料が提供されて終わりなのである。

「っぅぅ……」

登校中、歩き歩き声が漏れてしまう。あれから一〇分近く泣き続けた後、ようやく起き上がる気になった私は、慌てて支度をして家を出た。パンツを履く時に薄々勘づいてはいたけど、身動ぎどころか歩くだけでもお尻が痛んで涙が滲みそうになる。

「どしたの?」
「……んにゃなんでもない、平気!」

袖でガシガシと目元をこすり、心配げに顔を覗き込んでくる友達に思いっきり笑顔を作る。さっきの涙の跡はばっちり残っているだろうし、本当は全部気づかれているのかもしれないけど。ともかく、これで椅子に座ったらどうなるんだろう、今日は本当に一日掛けて反省させられそうだ。そんなことを思いながら、私は学校へ向かったのだった。


……


電子書籍のおねしょのお話のもう一つのパターン……を書こうとしたら、元とは少し雰囲気が変わってしまった感じです。実は今『お仕置きのしおり』という、厳しい折檻から安全なお仕置きへの変化を促す、甘めの架空の配布物を作って遊んでおりまして、その反動で厳しいのを書きたくなったのかも?

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