- 桃尻文庫

おねしょの朝

こんなモノがあったので、


ちょっとやってみたのでした。


あの日もこんなふうだった。バカみたいに青い空、日差しを受けた肌がジリジリする夏の朝。隅にカラの植木鉢が投げ出されたままのベランダの庇では、短冊の傷んだ風鈴がさっそく風に吹かれて鳴っている。

絵面だけなら涼しげだろう。でも、その時の私は、寝巻き代わりのタンクトップを汗でじっとりと湿らせていた。部屋から漏れ聞こえる、夏らしい一日になるという朝の情報番組の声の通り、すでに外はムワッとした熱気が立ち込めているのである。

登校時間には間があるせいか、柵から通りを見下ろしても人影はまばらだ。朝の早いスーツ姿の大人たちや掃き掃除に出たお年寄りが、軽く会釈しながらすれ違っていくのが、まだポツポツと見えるだけ。

不意に掃き掃除をしていた老人が腰を反らし、空見上げて視線を巡らせる。良い天気だなんて思っていたのだろうけれど、その仕草に気づいた私は、こっちを見るなと願いながら、慌てて湿った布団の影に身を隠した。そう、今朝は、おねしょ、したのである。

我が家では、おねしょをするとお仕置きがあった。今ほど夜尿症が深刻に捉えられていないかわりに、それに対する扱いもまた、ぞんざいなものだった。子供は漏らして当たり前。そのかわり、叱ることも当たり前。

今のように大騒ぎして病院を連れ回され、知らない人にプライベートを探られるのと、さて、どっちがマシかはわからないが、今になって思い出すのは、こうして閉め出された朝の景色と、あと一つ。その後のお尻ペンペンの気の重さだった。

「入ってお尻向けなさい。まったく、小さい子みたいにお布団濡らして」

しばらくしゃがんでいると、いずれカラカラとガラス戸が開く。そそくさと引っ張り込まれた私は、今度は部屋の真ん中で四つん這いになり、お○っこくさいお尻を母に赤くされるのである。

パチン、パチン、パチン……。

ここまで素直に出来ていれば、というか、忙しい朝に余計な手を煩わせなければ、そんなに強くは叩かれなかった。さすがに何度打たれたかまでは覚えてないけれど、平手がお尻に落ちる度ごとのピリッとした独特の刺激と圧迫感はまだ思い出せる。

パチン、パチン、パチン……。

少しずつ叩く位置を変えながら、満遍なく叩かれる。本気で打たれているわけではないとはいえ、回数が増えれば痛みも増してくるし、なにより大好きな母に(今は照れくさいが)手を上げられているという心細さが、幼心を揺さぶって、じんわりと涙を誘ったのだ。

パチン、パチン、パチン……。

おおよそ一、二秒に一回のペース。時間にすれば僅か五分も立たないうちに、私はごめんなさいと嗚咽を上げた。こうなると話は早く、母の「反省したね」の声と同時にお風呂場まで引っ張られ、出しっぱなしのお尻をシャワーで流されると、そのまま涙も止まらないうちに制服を着せられた。

「さ、早く食べちゃって」

テーブルに着くと、お締め出しの間に焼かれたトーストと昨夜の残り物が用意されていて、眼の前でオレンジジュースが注がれる。焼き立てのパンの香りを楽しむ余裕なんて無く、私はまずそれを一気に飲み干してから、涙の味の残ったトーストを齧るのだった。

……

それから時は経って、今度は私がトーストを焼いている。私の頃と同じように、シーツと一緒に軽い水洗いを済ませたパンツは、すでに洗濯機の中でくるくると回っていた。

「ねー、ちょっとは悪いと思ってたりする?」
「んー……」

朝の子供向け番組を見ている我が子に問うてみると、なんとも眠そうな生返事が返ってきた。いっぺん、お仕置きでもしてやろうかと思いつつ、まあ、今時そりゃないかと、ジャムの封を切る。

なんてったって出るものは出るし、たかだか数年直るのが遅かったところで、大人になれば大差のない時差だ。本人が悩む歳になったら診てもらうのもいいかもだけれど、それまでは、親の務めとでも思っておこう。

「寝る前にトイレ行きなよー?」
「んー……」

湿った布団を抱えてベランダに出ると、タイミングよく風鈴がチリンと鳴った。ああ、今日も空が青い。


以上、改行点丸含めると1680字ぴったりなはず。伏せ字はブログのNGワードに引っ掛かるため。もうfc2ブログは諦めたほうがいいかもなぁと、ふと思った。