- 桃尻文庫

こたつペン 姉/弟

年の瀬といえば、家族でこたつを囲んでテレビを見る光景が我が家の定番で、この時期になると手の空いたものから順番に、ゆったりとした暖を求めて居間に集まってくる習性があった。

「ほへー」

まず、一番先に暇を作ってきたのが姉貴だった。今時、紙の年賀状を出すという変なこだわりを持つにも関わらず、全ての動作が緩慢な印象の姉貴が、毎年どうして一番先にこたつでのんびりできているのか謎である。

「いろんな風習があるもんだねぇ」

日本中の奇祭を取り上げる番組に、いちいち感心する姉貴。その好奇心の強さ自体は別に悪いことではないのだが、しかし、今の俺に限っては、時と場合を考えろと言いたくなる理由があった。
 
「あの、手が止まってるんですけど……?」

さきほどからずっと画面にばかり集中している姉に言ってみる。

「え、ああ、ごめんごめん。今何回だっけ?」
「四三だよ。早くしてよ、もう」

実は今、俺は尻叩きの罰を受けている最中なのだが、あろうことかこの愚姉は、人を叱る最中によそ見をしているのである。

「なになに、そんなにお姉ちゃんにお尻ペンペンしてほしかったぁ?」
「違っ!寒いからだよ!!おまけに恥ずかしいし」

悪びれもせず、こんなことを言ってくる姉貴に本気で腹が立ってくる。こたつに入っている姉貴の膝に腹ばいになっているから、体の左半分は姉貴のお腹に密着し、右半分はこたつに接しているので滅茶苦茶寒いというわけじゃない。が、それでも下半身は室温にさらされているし、なにより丸出しじゃ居心地がとても悪い。

「ああ、そうだよね。こんな日にお尻出しっぱなしじゃ、寒いよね」

ごめんごめん。軽く言いながら相変わらずのったりとした仕草で、俺の腰にポンポンと手が添えられる。これから打つぞ、動くなよ、という合図だ。

ピシャッ!

「つぅぅ……」

少しの間をおいて、お尻の表面に強かな平手が弾けた。本人は力を逃がすつもりで素早く払うように叩いているのだろうが、むしろ、上手い人のしっぺみたいにビュンとしなって余計に痛い。

「だいじょーぶかい?」

俺が声を漏らすたび、いちいち手を止めて顔を覗き込んでくる。この間があるせいで痛みに慣れさせてくれず、外見の緩さや雰囲気に反して、姉貴のお尻ペンペンは家族の中ではかなりきつい方になっていた。

「平気だから、さっさと終わらせちゃってよ」
「んー、何回やっても慣れないんだよねぇ、人のお尻叩くのって」

なにやらぼそぼそ呟きが聞こえるとともに、背後でやっと手の振り上がる気配がする。仕方ないじゃないか、お父さんもお母さんも忙しいんだから。

ピシャッ!

「いっつぅ~……」

思わず足を跳ねあげて仰け反ってしまう。そして、例によって姉貴の手が止まり、また弁解が始まった。

「ごめんごめん、でもルールだって言うからさぁ。いや、ぶっちゃけ私も厳しすぎるんじゃないかなぁと思うんだよね、今時お尻叩きのお仕置きとか。そもそも体罰なんて仮に外でやったら……」
「いや、そういうのいいから、早く」

突然、始まりそうになった姉貴なりの教育論を制し、目の前のことに集中するように促した。頭は悪くなさそうなのに。いかんせん目の前の現実をおろそかにしかちな点が、一緒にいると昔から割と気になる。

「ああ、そうだね。ごめんごめん」

ピシャッ!

「ひぅっ!」
「あ、強かった?」

そして、また手が止まるという。そんなこんなで今日のお尻叩きは、一向に終わる気配がなかった。俺が痛みに弱すぎるせいかもしれないが、でもこれくらい痛くないと、やっぱりお仕置きにはならないんじゃないかとも思う。

「ただいま〜」

そうこうしているうちに、ご機嫌な様子で顔をほてらせた爺さんが帰ってきた。年末の挨拶がてら、近所で一杯ひっかけてきたのだろう。

「なんだ、お前らまだやってんのか!?」

オッサン臭さの権化の様な、くたびれた紺色のジャンパーを壁に掛けつつ、未だにお尻丸出しで膝の上にいる俺を見て言った。

「お前、オレが出かける前から叩いてないか!?」
「いや、それがまだなんだよね……」

二時間は経つぞ、何べん叩くつもりだ、こんな小僧の悪さにそこまでする必要があるのか?ほろ酔いの勢いで姉貴を詰問する爺さんに、たじろぐ姉貴。仕方がないので俺が代わりに事の次第を説明した。

「なんだぁ?それで二時間も尻捲ってるのか、気長なもんだなぁ。もう百でも二百でも打ったことにして、終わらっしちまえよ」

どうせ誰も見てねぇんだ、いい加減にしないとケツが風邪引くぞ。そう言い残し、コタツの上にあったサラダせんべいをバリバリ齧りながら、爺さんはキッチンに牛乳を取りにいった。

「そうだよねぇ、さすがにもう終わりでもいいよねぇ」
「ダメだって!ちゃんと決めたことはやらないと」

言って俺のパンツを上げようとする姉貴を制止する。本当に流されやすくて困る。年末の大掃除の最後の一項目、今年の悪さは今年のうちに、それが我が家の昔からのルールなのだ。もっとも、姉貴は三年前にお仕置きを卒業しているが……。

「言い出しっぺのお母さんすら忘れかけてたのに、変なところにこだわる子だなぁ」
「姉貴に言われたくないよ!」

実はごめんなさいを言いそびれていたことがいくつかあって、それを抱えたまま新年を迎えるのが、どうにも気持ちが悪かった。そのことを最初はお母さんに伝えたのだが、今から買い物に行くから、暇そうなお姉ちゃんにしてもらっときなさいと言われてしまったのである。

「あれ、そういえばそもそも、なんでお仕置きしてるんだっけ?」
「叩く方が忘れるなよ。忙しくて叱られないままだった寝坊とか、成績上がってないとか、結局、今年も茄子が食べられなかったとか、色々あったじゃん!」

ああ、そういえばそんなこと言ってたっけと、俺が二時間前に伝えたことを、遠い昔に聞いたような感じで振り返る姉貴。

「そんなの、わざわざお尻叩くようなことじゃないと思うけどなぁ」

寝坊なんて遅刻しないなら好きなだけすればいいし、ペーパーテストで示せる成績は、あくまでも付いた力や経験したことの極一部しか反映されないし、茄子なんか好きな人だけ食べればいいんじゃないの、あんなもん。……と、割と茄子に失礼なことを言う姉貴。

「なんでこういう時だけ理屈っぽいんだよ!普段、さも適当そうに過ごしてるくせに。そもそも仮にそうだったとしても、とりあえずスローガンとして規則正しく、とか建前言っとくのが年長者の役割なんじゃないの?」
「むっ……」

ビシャッ!

「いった!」

不意の一発にまた仰け反らされる。しかも、今までより気のせいか強くなっている。

ビシャッ!

「つぅぅ!」

間違いない、今までのお仕置きよりかなり力が入っている!たった二発で思わず目尻に涙が滲んでしまう。

ビシャッ!

「ちょっ、なんで急に!?」

肩越しに振り向いて聞いてみたが姉貴は答えてくれず、顔からも普段のヘラヘラした雰囲気が消え失せ、もはや無表情と言っていいくらいだった。俺の腰に添えられた左手はいつの間にか力がこめられており、逃げ出すどころかお尻をよじって痛みを紛らわすことさえ許さない構えだった。

ビシャッ!

「痛っ、待って、マジで待って!」

情けないと思いつつも懇願せずにはいられなかった。かろうじて、まだ泣かされてはいないけれど、このままだと弟としての尊厳が危うい。

ビシャッ!

「待ちません。石頭で生意気な弟には、きっちり百発お仕置きしてあげることにしました。ちなみに数え忘れたから、今から百発ね」

なにが逆鱗に触れたのか、姉は怒ってますよという感じの声で無情なことを告げた。まさか、この強さで百叩き?しかもこれから、百数えるの?

「ひと〜つ!」

ビシャッ!

「うぁぁ、ごめんなさいっ!」

叫んだところで無駄であった。意地を張ったせいで、俺はとんでもない地雷を踏んでしまったのかもしれない。そして、それに気づいた時には手遅れで、俺は今年の最後の最後で、一番の大泣きをすることになってしまったのだった。

「あんたたちまだやってたの!?」

おせちに使う材料を買い込んできた母は、エビより真っ赤になったお尻を出したまま姉に縋り付いてごめんなさいと泣き喚く俺を見て、えらく驚いたらしい。

「昔っから頭ごなしにああしろこうしろっていうのを、人一倍嫌う子だからねぇ、あの子は……」

腫れ上がった俺のお尻を濡れタオルで冷やしつつ、良い子なんだけど、ちょっと気難しいのは姉弟そっくりよねという母の言葉に、俺は反論することはできなかった。だって自分から言ったんだもんな、ちゃんと反省しなけりゃならないって。


……


あけましておめでとうございます!というわけで、書いたまましまっていたネタを引っ張り出してみたのでした。推敲はしないことにする。