桃尻文庫

~スパンキングやお仕置きに関する創作ブログ~

お尻だよ。

お尻だよ。家族にこう言われたら、私の体は勝手に動く。棒を差し込まれたように背筋がピンと伸び、どんな時でもすぐに立ち上がって相手の前に行き、下着を膝まで降ろして四つん這いになるのだ。無論、お尻は相手に向ける。なぜなら、悪い子のお尻を叩いて躾けてもらう合図だからだ。

お尻だよ。それでも小さい頃、この言葉はまだ脅かしだった。こう言われても、本当に"お尻"になる事はほとんど無い。だから私は、大人が不機嫌になった時に発する警告音くらいの認識だった。

お尻だよ。この言葉の意味が変わり始めたのは、お勉強をするような歳になってからだった。そろそろ赤ちゃんから卒業しなさい。少しずつ責任感を養いなさい。ある日言われた難しい言葉に私が首を傾げていると、これからはお尻に教えてあげるって事だよ、と、お尻をポンと軽く打たれた。

お尻だよ。いつもの言葉に、こっちに来て下着を脱ぎなさい、と厳しい口調が続いた。やれと言われた宿題をほったらかして遊んでいた私は、ついにお尻だよ、の怖さを知る事になったのだ。何をされるかわからなくて、いやだいやだと駄々をこねる私は、ひょいとお母さんに抱え上げられ、膝の上に腹這いにさせられた。これがお尻だよ、これからはお尻と言われたらこうなるからね。下着を下ろされ、パチン…パチン…パチン。少しヒリヒリするくらい叩かれただけでも、当時の私はびっくりして泣きじゃくった。

お尻だよ。下着を脱いでお馬さんになりなさい。何度か膝の上でお尻をされて、ヒリヒリする痛みとも言えないくらいの刺激にも慣れてきた頃、今度はお尻の練習が始まった。リビングで、廊下で、お風呂場で、お尻だよと言われたら、すぐにお尻を出さなきゃいけなくなった。ちゃんと出せたらジュースをくれる。少しでもぐずったら、その時は本当にお尻になった。

お尻だよ。ジュースを飲み過ぎた次の日の朝。おねしょした私は素直にお尻を出したのに、ペンペン、ペンペン、いつもよりたっぷりお尻をされてしまった。強ばったお尻をさすりながら、素直に出したのにずるい…と言うと、今までのはこういう時のための練習だったんだ、と返された。お尻が滲みるのでシャワーは冷たくして浴びた。

お尻だよ。そんな私が下の子の面倒を見られるくらいの歳になると、お尻の時はちゃんとした姿勢や態度も求められるようになった。お尻だよ。こう言われたら、まずは、はい、としっかり返事をして背筋を伸ばす。これも練習。最初はなんだか照れくさくて、余計なお尻をたくさんもらった。そんな時はバシンバシンと音が響いて、お尻がジリジリ痺れてしまった。私はお母さんやお父さんを、その時だけ怖い先生なんだと思う事にして、妙な気恥ずかしさをごまかすようにした。

お尻だよ。普段の装いが反射テープ付きの黄色い校帽と背負い鞄から、シックな制服とショルダーバッグに変わる頃、お尻の時の雰囲気もガラッと変化した。自主性を養うためとかで、お尻と言われる頻度は減ったけど、その代わりにされる時は凄く厳しくなったのだ。どんなに痛くてもお尻を逃したり、手で庇ったりてはいけないというルールが追加され、お婆ちゃんの家からもらってきた古いハタキの柄が使われるようになった。

お尻だよ。厳しくなったお尻の時間は、一気に耐え難いものになった。突き出されたお尻に黒光りする細い竹の柄が食い込むと、頭を打ったわけでもないのに、目から火花が散るような感じがした。最初の一発で息がつまり、二発目には涙があふれ、三発目にはもうしませんと声が出た。とてもじっとしてなんかいられず、お尻を引いたり手で庇ったり。そして、その度に数を増やされ、五回が八回になり、八回が十一回になり、二十回終えたところで、今日はもう打てないから正座!……が、お定まり。寝坊、口答え、成績不振、ちょっとした門限破り……そんな事が幾つか重なると、そのうちハタキを持ったお母さんが部屋にやって来て、お尻だよ、と告げるのだった。

お尻だよ。進学して一人暮らしを始め、すっかり聞かなくなったこの言葉を久しぶりに聞いた。勉強は順調か、食事はちゃんとしているか、遊びすぎていないか。そんな心配事ばかりの実家からの電話が鬱陶しくなって、そういうの、もういいってば……と、突っぱねたら、サボったらお尻だよと冗談混じりに言われ、なんだか少しお尻がざわっとした気がした。

お尻だよ。働くようになって、時々、この言葉を思い出すようになった。失敗した時、怠けたくなった時、逃げ出したくなった時、自分に向かって、お尻だよ、と心の中で言ってみる。無論どうなるわけでもない。叩いてくれる人もいないし、それで許される事もないだろう。お尻だよ。でも、さすがにこの歳でお尻はちょっと嫌なので、まあ、とりあえずは今日も頑張るのだった。

お尻だよ。やんちゃ盛りの我が子に向かって、自然と発している自分に気づく。本当に叩く事はないが、物を投げたり食べ物を床に捨てた時、ちょっと声を低くして、お尻だよ、と言っている。きっとまだよく意味もわかっていないけど、少しだけ大人しくなるような、ならないような……。

お尻だよ。お友達を叩いて泣かせた時に、初めて本当の意味で言った。ズボンをさっと下ろして軽く、でも少しだけ痛くなるようにパチン。びっくりした様子で、それから時間差があって泣き出した。ごめんね、でも打たれたら痛いよね、やっちゃダメだよね。じゃあ、一緒に謝りにいこう。

お尻だよ。今日も遊び回って帰ってきた子に、ちょっと本気で言ってみた。手つかずの夏休みの宿題、また八月の終わりに手伝わされるわけにはいかないのだった。ドタドタドタ……パチンパチン……騒々しい音が響いて、少ししてからカリカリと鉛筆を走らせる音が続いた。どうやら、分かってくれたらしかった。さすがにお婆ちゃんが持ってきたハタキは、静電気のモフモフがあるからいらんと捨ててしまったが、まあ、もはやアレの出番はないだろう。なぜだか私はそれが少しだけ恋しいけれど、そんなになったら困るかもだし。お尻だよ、の出番はあと少し……で、済む事を祈ろう。


※なんだか妙な書き方を思いついたので実行してみました。お尻ペンペンのお仕置きを「お尻」とだけ呼んでいる家で育った子のお話。

久々に更新です。他のサイトに載せていた5作品をこちらにも反映させたのでした。停滞中もたくさんの方が訪れてくださっていたようで…ありがとうございました。もしよろしければ、好きな作品などコメントで教えていただけましたら嬉しいです。

初心に帰って姉弟ペン

「今度から悪さしたら、これ使うからね」

お姉ちゃんはそう言って、買ったばかりのカッティングボードを見せびらかしてきた。長さが三十センチ、幅が十五センチくらいの分厚い板で、なんのためなのか取手のような出っ張りが付いている。

「そりゃ、悪い子のお尻に使いやすいようにじゃない?」

ブンブン振り回したり、木目を指でなぞったりしながら、お姉ちゃんは楽しそうに、今日だけは粗相も大歓迎とか言っていた。何度か自分の手のひらにバシッと空打ちしては、これじゃ強すぎるかな……などと思案している。本当にそんなので叩くの?と、聞くと――

「当たり前じゃん。そのために二時間半も掛けて、一番表面がなめらかなヤツを選んできたんだから」

見て、この艶!と、僕の目前に押し付けてくる。確かに木の表面は綺麗に磨かれていた。ちょっと持たせてもらうと、しっとりと適度な摩擦がある表面、そして、ズシッとくる意外な重さ。これは……危険だ……。

「だって、お布団叩きだとミミズ腫れになっちゃうでしょ?皮とか剥けたらかわいそうじゃん」

じゃあ、これも無しにしてよ!僕がそう言うと――

「ダメダメ、やっぱり怖くなる程度には痛くしないとね。ちょっと痛いくらいだけど効果が無いお仕置きを繰り返すより、すごく痛いけど効果抜群なお仕置きを一回で済ます方が、トータルの痛みは減るし」

お姉ちゃんなりのお仕置き理論。その割には何度も何度も、ちょっとした事でお仕置きを言い渡されるのだけど。

「それは君が悪い事をするからでしょ。日々の反省が足りてないなら、今からお尻温めるかい?」

いえ、大丈夫です、と断る。昨日だって洗い物を忘れていて、布団叩きで洗ってない食器の数だけもらったのだ。今朝見たら、少しだけ痣になっていて、押すとじわっと痛かった。

「でしょ?アレ危ないから、だからコレを買ってきてあげたわけよ」

カッティングボードを突き出しながら、ドヤ顔でにんまりするお姉ちゃんにお礼を言う。そうしないと、礼儀知らずで早速出番になるかもしれないからだ。

「あれ、お礼言えてる……。いつものお仕置きが効いてるのかな……?」

なぜか少し残念そうなお姉ちゃんを怪訝な顔で見つめ返しながら、僕はカッティングボードの出番が来ないことを強く祈った。


……


さて、遅ればせながら、我が家ではお仕置きがある。それも時代錯誤なお尻ペンペンという方法だ。本当に小さい頃は両親から姉弟揃ってペンペンされていたけれど、先に向こうが高校を卒業したのを境にして、歳の離れたお姉ちゃんが僕のお仕置きをする事になった。

両親曰く、その年で親から叩かれるのも抵抗があるだろう、との事だったが、だからと言って姉ならOKと考える理由はさっぱりだった。

まあ、本当のところでは忙しいからというのもあるのだろう。お仕置きは事前のお説教や事後のアフターケア、それに伴う精神的な負荷までを含めると、家事育児の中では結構しんどい種目らしい。

初めてお姉ちゃんからお仕置きされた時は、お互いに、なんとも言えない雰囲気だった。ちなみに、僕が洗濯物を脱衣カゴまで持っていかず、部屋にそのままにしていたのが理由だ。

「えぇと、あー……お仕置きするからお尻出しなさい!」
「……まじで?」

棒読みのお姉ちゃんのお仕置き宣告に、僕はまだそれを本気で捉える事ができなかった。

「ま、まぁ、頼まれてるし……。じゃなくて、言うとおりにできないと数が増えるよ!」

お姉ちゃんも相当恥ずかしかったのか、あからさまに赤面しながら脅し文句を続けていた。

「ぷっ……」
「あははは……っていやいや、笑っちゃだめだよ、お仕置きなんだから」

我慢できずに二人で笑い転げた後。それでも日々の両親からのお仕置きの習慣付けで、二人とも粛々とお仕置きの準備を始めた。逆らうと全部お尻に返ってきたし、やめてと言ってやめてもらえたこともないが故である。

普段はどちらかと言えば(体罰の無い家の子と比べても)甘めな両親の、唯一、譲らない教育方針がこれだった。悪さには罰が付きもの、そして、どんな理由でもお仕置きだけは絶対だったのだ。

「大きくなったねぇ」
「しみじみと言わないでよ!」

なぜか感慨深げなお姉ちゃんに文句を言う。お尻を出して床に手をつく(もちろん下着も足首まで下ろす)だけでもマキシマムに恥ずかしいのに。

「いやいや、マキシマムに恥ずかしいのは、ペンペンした後のベランダでのお立たせでしょ……ってのは、今日はやらないからともかくとして、一緒にお風呂入ってた頃と割と違うからさ」
「ちょっ!!触んないでよ!!」

生意気に筋肉とかちょっとあるし、とか言いつつ、お尻を指で突かれる。下はまだ……?なんて覗き込まれそうになり、慌てて膝を閉じて守りに入る。

「あれあれ、お尻が引けちゃったぞ。お母さんなら追加されちゃうよ?」

ニヤニヤしながらお姉ちゃんが言う。意地悪すぎる、そして、セクハラすぎる。恥ずかしさにちょっとだけ涙が滲んできた。

「あー、ごめんごめん。ちゃんとお仕置きしてあげるから、もう一回、足伸ばしてお尻上げて」

ピシャピシャッ!と、手で軽く促されてお尻を上げる。膝をピンと伸ばして腰を反らし、少しでもお尻が相手の方を向くように。これが小さい頃から体に教え込まれた、お仕置きのポーズだった。

「よし、三十発。しっかり我慢して心に刻むこと。いくよ!」

すっ、と衣擦れの音がして、背後で腕の振り上がる音がする。

バスッ!!

『いった!?』

予想外に籠もった音と同時に、二人の声がハモった。バシッと上手く弾けず染み込むように炸裂した重い打擲は、僕のお尻だけじゃなく、お姉ちゃんの手の平にもダメージを与えたらしい。

「や、ごめん……!もう一回ね」
「ええ、まさかノーカン!?」
「いやぁ、さすがに二発目からで……ごめんて」

その後、二度三度、同じように打ち損ねる事があったものの、最終的にはお母さんと遜色無いくらいの平手打ちで、バチンバチンと小気味よくお尻を真赤に染められたのだった。

もちろん、こんなのは後から振り返っているから言える事で、当時はビリビリ疼くお尻の痛みに涙を滲ませつつ、それでも必死で瞼からこぼさないように、目を半開きにして堪えるのが精一杯だったが……。


……


「さあ、今日もお尻だよ」
「はい……よろしくおねがいします」
「よーし、じゃあお尻出してこっちに向けてごらん」

そんなやりとりが日常と化し、お姉ちゃんからのお仕置きにも大分慣れてきた頃、僕のお仕置きにも布団叩きが導入された。

「この子も大きくなったし、最近、だらけてるように見えるから、そろそろこれを使ってあげなさい」

お母さんから託されたそれを、お姉ちゃんは苦笑いのような半泣きのような、それでいて納得したような、実に微妙な表情で受け取っていた。

「あー、まあ、そろそろだよねぇ、たしかに」

これ痛いんだよねぇ、と言いながら素振りしているお姉ちゃんの姿は、やや腰が引けていた。そういえば、一昨年辺りまでは、お姉ちゃんもこれで日々ギャーギャー泣かされていたのだ。

激怒したお母さんから、半分物置と化したお仕置き部屋に行くように言われると、さすがのお姉ちゃんも最初の数回は縋り付くようにして、お仕置きの取り消しを懇願し(しかし、その度に追加の罰を貰って)、大人しく受け入れるようになってからも、唇をぎゅっと噛み締めてお仕置き部屋に向かう印象的な姿を何度か見送った事があった。

そして、その後は決まって扉越しにくぐもった大きな泣き声と、許しを請うごめんなさいの叫びが聞こえてきたのである。ああ、ついに僕もあんな目に合わされるのか……。諦めていたとはいえ、いざとなると憂鬱だった。

今時、厳しすぎるのでは?なんて言ったら、きっとお姉ちゃんのように追加の罰を貰うだけなので、ぐっと飲み込んだ。もしかしたら、お姉ちゃんもそう思ってくれるかもしれないけれど、お母さんの手前、お仕置きを緩める事はできないだろう。

仮に一時的にお仕置きが甘くなっても、きっといつか抜き打ちでお尻を確認されて、お姉ちゃんごと何倍も厳しく叩き直されるのが落ちなのだった。

「あの、よろしくおねがいします」

なので、せめてお互いのストレスが減る様に僕が声をかけると――

「あ、はい、こちらこそ……」

お姉ちゃんも使い込まれた布団叩きを握りしめたまま、ペコリと頭を下げてみせた。

「じゃあ、あの……早速で悪いんだけど、今日、玄関の靴が揃ってなくてですね……お仕置き部屋で待ってるから……」
「は、はい……すぐに行きます……」

辿々しくも、初日の布団叩きの味は途方もなく激辛で、たった八発打たれただけで、夜中過ぎまでお尻が疼いて眠れなくなったのみならず、翌朝、お仕置き痕のチェックと同時に湿布を貼られた僕は、学校で必死に太腿を攣ったと言い張って湿布臭さを誤魔化す羽目になったのだった。


……


さらに時は流れて、いつの間にやら過酷な布団叩きの扱いにも、お互い慣れてしまったころ、お姉ちゃんが嬉しそうに言ってきた。

「お道具を変える許可、貰ったよ!」

わあ、嬉しい!なんて返すはずもなく、その時の僕はなんの事やら分からずに、やり遂げた風なニュアンスさえ称えるお姉ちゃんの表情に、不思議そうな視線を返すばかりだった。

「お仕置きのお道具だよ。布団叩き以外でも、充分に威力があれば使っていいってさ!!」
「ええ……なんでまた、そんな事を……」

あれじゃ足りないのか、もっと僕を痛めつけたいのか。お姉ちゃんは鬼なのか。そう思って涙目になる僕に気づいて、お姉ちゃんは慌てて訂正した。

「違う違う!布団叩きは鋭いから、傷になるかもでしょ?だから、のっぺりして広い面で当たるお道具の方が、同じ叩かれるのでもマシかなって……」

キミのために頑張ってプレゼンしたんだよ、なんて言われたが、いったいなんと応えたらいいやらである。お尻の傷を慮ってくれるのはありがたい、でも、人のお尻の事で、お母さんとお姉ちゃんが話し合いをしていたと思うと、なんとも言えない羞恥というか、辱めというか、言葉にならない感情が生まれたのであった。

「明日、ちょうどいいの探してきてあげるからね」

喜べとばかりに頭をゴシゴシ撫でられて、僕は結局、お姉ちゃんの労力と思いやりに対するお礼を言いそびれて、最後の布団叩き三発を貰ってしまったのだった。

で、肝心のカッティングボードの味は……そうだなあ、まあ、これはまたの機会に語ることにしよう。

祖父の鞭作り

 縁側に広げた古新聞に座った祖父が竹を割っている。小ぶりの鉈の刃を竹の端に食い込ませ、反対側の底を踏石に軽く叩きつけて裂いていく。一本の竹はどんどん分割されていき、あっという間に細い竹棒の束になっていった。

 その合間合間に、首に下げた白いタオルで汗を拭っては、脇に置いた盆を手元に引き寄せて冷めたお茶を啜る祖父。一口二口含むと、そのまま指先で盆をすっと押しやって、また手元の作業に戻る。僕は少し離れた部屋の中、日の当たってぼうっと光るその背中を見ていた。

 何本かの竹を割っては次の工程へ移る。今度はちょうど子供の指の太さほどにした竹の節を小刀で抉って、同時に切り立った角を、すっ、すっ、となで、ささくれた繊維を削いでいく。

「これで肌への当たりが柔らかくなる」

 削いだクズを新聞紙ごと一纏めに包んで片付けながら、祖父が呟く。僕はそれを見ながら、もうすぐ来る出番を、少しだけ嫌だなと思いながら待っていた。こうして祖父の作る鞭は、評判が良い。昔から仕事の片手間に作っては、学校や近所の家に配っていた。

「そら、出来はどうだろう」

 祖父は出来上がった竹鞭の中から一本手にとって、釣り竿を振るようにひゅっと素振りをした。ただの竹を割って節と角を取っただけのものだが、ほどよい強度にするには、選び方とか割り方とかに、なにかしらのコツがいるようだった。

 細い竹は風を切り、ギュンッとしなった。祖父の腕は日に焼けて浅黒く、農作業で鍛えられたたくましさがあったが、もちろん全力で振るったりはしない。手首だけをさっと返して、でも、その小さい動作だけで竹の先端が勢いよく弧を描き、僕の心臓をびくりと跳ねさせた。そのまま三本ほど、祖父はそれぞれ違う竹から作った鞭を無造作に拾い上げ、こっちに視線を向けた。そろそろ僕の出番だ。

「これでいい……?」

 僕は半ズボンのベルトを解いて、そのまま下着と一緒に足首まで下ろすと、膝に手を置いてお辞儀のように頭を下げ、祖父に向かってお尻を突き出して見せた。ビュッ、ビュッ、と背後で風を切る音がするのが怖い。

「三本な」

 訪れる痛みに備えて僕はぎゅっと目を瞑る。膝頭を押さえる手にも力を込めて、お尻を引っ込めないように注意した。すーっと息を吸って止め、お腹に力を入れたのを確認した祖父が、先程の素振りと同じように、僕のお尻に向けて、さっ、と手首を返した。

 バチィッ!!

「ひっ!!」

 鋭い痛みがお尻に走り、思わずびくんと体が跳ねる。それでもなんとか、僕はお尻を下げずにすんで、そのまま次の鞭に備え身を固めた。

 バチィッ!!

「ひぐぅっ!!」

 お腹に溜めていた息が叩き出されたように鼻から漏れる。しばし、小さく息をして呼吸を整える。あと一発だけ耐えればいい。思わずしゃがみ込んで引いてしまったお尻の位置を戻すと、皮膚が伸び、叩かれた痕がビリリと痛んだ。

「はぁ……ふぅ……」

 もう一回深呼吸する。この僅かな間がかえって痛みを増す事にはなるのだが、とはいえ、すぐにまた、鞭の前にお尻を出せるほどの強さは、今の僕には無かった。

「んっ」

 十数秒掛かって、僕はまた祖父にお尻を向ける事ができた。でも、今度は鞭の痛みが走る前に、分厚くてザラザラした祖父の手の平の感触があった。どうやら、なでてくれているらしいのだが、力強いそれは、どちらかというとこねまわされるような感触で、その度に腫れた鞭痕がジンジン疼いて、かえって辛いようだった。

 バチィッ…!!

「くぅっ!」

 最後の一発。僕はつま先立ちになって、身を屈めて呻いた。すると、そこへまた無骨な祖父の手の平が添えられて、うどん粉をこねるように腫れたお尻をなでられた。

「よーしよし、よく頑張った」

 そのまま立たされ、知らないうちに溢れていた涙を白タオルでゴシゴシと拭われてから、しばらく鞭の痕を調べられる。肌の表面を傷つけないまま、ほどよい朱色に染まった一直線の鞭痕。これが良い鞭の条件だという。

「うん、上等だ」

 お尻の鞭痕を見て納得した祖父は、そのまま僕の下着とズボンを丁寧に直し、頭をゴシゴシとなでてくれた。普段は無表情の祖父の無理やり作った笑顔に、僕もなんだか少し恥ずかしくなりながらも笑顔になった。

「ほら、これで甘いもんでも飲みな」

 祖父は鞭を束ねつつ、ポケットから出した100円玉を僕に握らせた。今日のお駄賃だ。翌朝までジリジリと痛むお尻に見合うかはともかく、月に数度、小さい頃から続く習慣だった。それから僕は鞭を担いで届けに行く祖父を、駄菓子屋のそばまでついていって見送った。